スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2026年6月25日 (木)

宮田有理子 ナッシュビルコラム④ 「ウズベキスタンのボクシングの英雄・アフマダリエフと’観た’同国初のワールドカップ」

 23日のポルトガル対ウズベキスタン戦は、5-0の大差がついた。ナッシュビルの日本代表ベースキャンプのプレスルームで練習終了を待つ間に見ていたのだが、当然、周囲は途中で次々とミックスゾーンの取材へ向かう。ただ、私は最後までそこを離れられなかった。ウズベキスタンのボクシングの英雄、ムロジョン・アフマダリエフが、真夜中に近づく首都タシュケントで、画面に食い入る姿が想像できたからだ。
 意外にも元サッカー少年で、愛称は元ブラジル代表の10番“カカ”に似ているからと幼少期についたのだという。最強のボクサー“カカ”に、母国のW杯初出場への思いを、マネージャーのアリク・フロロフを通じて聞いたばかりだった。
 「年齢問わず国民一人ひとりの夢、長年待ち望んだ夢です。いつの時代も、我が国では何百万人もの人がボールを蹴ってきました。そのスポーツが、私たちの国を世界の大舞台に連れていってくれました」
 1998年から8度目の挑戦で叶えた夢。中央アジア諸国の先頭を切っての快挙でもあった。17日、W杯デビュー戦で強豪コロンビアに挑む時、アフマダリエフはその重みを嚙みしめるかのように、ピッチに大きな国旗が広がる様子をインスタグラムにアップしていた。自身は2016年リオ五輪バンタム級銅メダリストとして有力プロモーターと契約し、アメリカ・カリフォルニア州を拠点にプロ8戦で、母国初の2団体統一世界王者となったヒーローである。昨年9月に名古屋で井上尚弥に挑んだことで、日本で最も知られるウズベキスタン人ボクサーになった。
 1994年、東部ナマンガンの生まれ。ソ連崩壊(1991年)、独立後の混乱期に育ち「難しい時代でした。誰もが不安な日々を送っていました」と振り返る。6歳でボクシングを始めたのは、サッカー仲間に誘われたのがきっかけだった。9歳からは家計を助けるべく働きながら競技を続け、国を代表するボクサーになった後もサッカーを愛した。17日の対コロンビア戦で歴史的ゴールを決めたMFアボス・ファイズラエフ、キャプテンのFWエルドル・シュムロドフら多くの友人が今、初の大舞台を戦っている。
 「初出場の今回で、よい結果を出すのは難しいかもしれません。でもとてつもないプレッシャーがかかる舞台で、相手が誰でも、全力で挑戦したことが、国のとくに若い世代を勇気づけます。同時に、世界のファンはこれからもっともっと、私たちの国が、世界レベルの優れたサッカー選手を生み出せるのだと、知ることになると思います」
 23日の2戦目でポルトガルに5-0で敗れ、グループリーグ敗退が決まったが、残る27日の対コンゴ共和国戦も最後まで見たい。この国のサッカーの新しい歴史の始まりを、オンタイムで目撃できたのは、とても幸運だったと感じている。

 

 

 

 

 

 

 

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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