スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2026年6月17日 (水)

ボクシングライター・宮田有理子 W杯日本代表ナッシュビルキャンプから①「初出場でスペインから勝ち点1を奪ったW杯ルーキー、カーボベルデに勇気をもらう」          

 ニューヨークの郊外でボクシング殿堂式典取材を終えて、テネシー州ナッシュビルへ移動した。サッカー・ワールドカップの日本代表キャンプ地で取材するためである。
 選手、指導陣はもちろんサポート陣の働きも、サッカー・ワールドカップの周辺取材は、発見にあふれるはずだとお誘いいただいた。
 今日(16日)は「緑の岬」という美しい名をもつ国、カーボベルデの存在を初めて知った。カメルーンの入る組でトップ通過でW杯初出場を果たし、さらに初戦で勝ち点1をつかむ快挙を果たし世界を驚かせた。
 優勝候補の一角スペインを向こうに回してだから、なおさらなのだろう。大国の威力に押され続けた厳しい戦いで、27本ものシュートからゴールを守り抜いて「マン・オブ・ザ・マッチ」に選ばれた40歳の守護神、「ボジーニャ」(ポルトガル語でおばあちゃんの意味)の愛称を持つジョジマール・ディアス(ポルトガル2部のシャベス所属)株は爆上がりし、スペイン紙によればSNSのフォロワー数が5万人から約400万人へと増えたという。
 カーボベルデ代表の愛称“ブルーシャーク”旋風に16日、FIFA(国際サッカー連盟)も反応し世界中にDFロベルト・“ピコ”・ロペス(アイルランドのシャムロック)の人生物語を配信した。アイルランド人の母の地元で銀行員としての安定した生活を送っていたが、父の国の代表としてプレーする決意をして国籍を取得。この歴史的快挙の当事者になった。
 セネガル沖に10の島からなる滋賀県の面積ほどの小国は、2023年バスケットボール・ワールドカップで日本が翌年のパリ五輪出場権を賭けて最後に戦った相手として日本のスポーツファンの間では認知され、今度は世界最大のスポーツイベントであるサッカーW杯で、世界中の話題をさらってしまった。皮肉にもスペインの監督ルイス・デラ・フエンテ・カスティージョは戦前から、「この新参チームを侮ってはならない」と警戒していた。
 22日に対ウルグアイ、27日に対サウジアラビアと、続く強国との戦いで、サッカー界の「台風の目」は威力を増しそうだ。サッカーW杯の取材に「初参戦」し、とまどうばかりの私自身、彼らに奮闘にナッシュビルでの取材に勇気をもらった気がしている。

◆宮田有理子(みやた・ゆりこ)
94年ベースボールマガジン社入社。編集庶務から陸上競技マガジン、ボクシング・マガジンの編集記者として10年勤務ののちフリーランスに。2004年から4年、米国カリフォルニア州のコミュニティ・カレッジで体育を学び、2016年から本格移住。全盛期のゲンナディ・ゴロフキンやドミトリー・ビボル、テレンス・クロフォードら名王者へのロング・インタビューを敢行した。日本選手の海外合宿・遠征のサポートも行う。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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