サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」東京五輪監督・高倉麻子さん 同級生森保監督のチュニジア戦観戦記 「8年かけてていねいに作り上げたチームの強さを見た試合」
ーポイチと麻ちゃんー
森保監督が日本代表を率いて8年もの間、選手たちにていねいに向き合い作り上げてきたチームと、急きょ監督になりこの1週間で日本戦の準備をしてきたルナール監督のチュニジア代表では、選手にかけた時間があまりにも違っていました。そして監督がチームにかけた時間、情熱、選手との関係が、難しいと思われていたW杯第2戦の勝敗を分けたのではないかと思います(高倉氏は日本でチュニジア戦を観戦、試合後21日増島がインタビュー)
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森保監督とは同じ1968年の生まれの同級生ですが昔から接点があるわけではなく、初めてお会いしたのはもう十数年前になるでしょうか。新幹線の三島駅から合宿施設に向かうバスの中でした。私も引退して育成の指導を始め、監督もトレセンで育成を見ていた時期で乗車すると監督しか乗っていなかった。「あ、ドーハの悲劇でも有名な・・・」と監督に自分から「初めまして」とあいさつをしたんです。監督も「もちろん知っていますよ」と笑顔で言ってくださって、施設まで2人しか乗っていないバスに揺られて景色を眺めながら、育成の大変さや大切さについて「でもここが日本の未来につながるんだから頑張らないと。先人がつないでくれたものを自分たちが次の世代につながいといけないよね」などと話したのを覚えています。
男子の日本代表でしかもW杯にあと一歩と近づいたスター選手が、育成の指導に1人でバスに乗って行こうとする姿にとても驚きましたし、以後、普段は少しだけ誕生日が先なので私は「ポイチ」、監督には「麻ちゃん」と呼んでもらう、そんな間柄でもあります。
チュニジア戦はとても落ち着いた試合で安定感がありましたね。交代の采配が印象に残りました。
監督は常に先発、交代選手全員で試合をすると言ってきました。この考え方は「日本は全員で戦うんだ」というメンタル的な一体感と、コロナ禍で交代枠が5人になり人数をかけられる戦術的な部分の両方によってうまく機能しています。
私が監督の時もそうでしたが、選手はやはり固定したメンバーでの成熟度を求めます。しかしそれによって活性化や競争が失われてしまうデメリットもある。森保監督は活性化や競争に加え、試合でもそれぞれが役割を果たし、全員で繋いで勝つんだと、以前はサブ、と呼ばれた選手たちの存在を失くし考えも大きく変えました。
スターターがいてクローザーがいいて、ジョーカーがいて・・・と戦術的にも日本の持ち味を磨き続けた努力が、過去1勝という難しいW杯2試合目をものにし過去最多得点となる4点を生んだ背景にあったのだと思います。
オランダ戦では初出場の中村敬斗選手を先発に、同じく初出場の小川航基選手をジョーカー役で投入しともに試合を決めるプレーを見せてくれました。チュニジア戦の後半には、W杯初出場でピッチに初めて立つ鈴木唯人選手、瀬古歩夢選手らW杯未経験の選手たちをピッチに送り込むことで「まだまだW杯は続き、ベンチも含めた全員で勝ち上がっていくんだぞ」という監督のとても強いメッセージが伝わったと思います。
交代だけではなく局面に応じてのシステム変更など、選手と監督、選手とスタッフ、監督とスタッフと色々な関係においてのとても強い信頼関係がなせるものでチュニジア戦の随所でそれがうかがえました。
サッカーで仕事をする一人として、森保監督がサッカーに向き合う姿勢を心から尊敬しています。チュニジア戦がW杯史上1000試合のメモリアルマッチになり、日本代表初の4得点がアジア勢初の4得点にもなり、今まで勝てなかったW杯2試合目で勝利し勝ち点3を手にする。チュニジア戦の結果に’サッカーの神様は必ず見ているんだ’と改めて思いました。


