スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2026年6月23日 (火)

宮田有理子 ナッシュビルコラム③ 日本代表の練習パートナーU-19日本代表 アメリカ代表から日本代表になったGK村松を観にロサンゼルスのLAFCに行きたくなった

 W杯日本代表のトレーニングパートナーとしてアメリカ・メキシコ遠征中のU-19男子日本代表が21日、ナッシュビル郊外ブレントウッド・アカデミー・フィールドで練習を公開、終了後に話を聞いたアメリカ生まれアメリカ育ちのGK村松秀司(LAFC)から、「日本代表」への熱い思いを聞いた。
 日本語はまだ完ぺきではないので「私が英語でインタビューしても大丈夫ですよ」と気を使った。アメリカ人の父と日本人の母のもとカリフォルニア州オレンジカウンティで育ち、高校まで日本語補習校に週一度は通っていた村松は「今、日本語を勉強中なので、日本語で頑張りたいです」と、朗らかに答えて取材は全て日本語で行った。 
 遠征初日6月2日に拠点のロサンゼルスから合流。U-15アメリカ代表から念願叶って日本のU-17代表となり、キャプテンとしてW杯ベスト8に力を尽くした経験から、「どちら(の国)も強いけれど、日本の方がタクティクス(戦術)とか、人間、選手との関係の作りやすさとか、自分には合っていると思います」と語る。
 プロスポーツ大国アメリカでサッカーを選んだのは、アメリカンフットボールで体を壊してしまった父の勧めだった。その父と続けたマンツーマンの独自練習が、自身の持ち味である鋭敏な「シュートストップ」の基礎は培われたという。小さいころから毎日、なわとびとテニスボールを使い、父親のテニスボールをセービングするオリジナルの練習を積んだ。
 「0点におさえる、それが僕の一番大事なことです」
 20日、日本代表が4得点奪っても最後まで気を緩めず、チュニジアを完封した堅守に刺激を受けた。
 「自分たちが何点とっても、(相手を)0におさえる、という気持ちが見えていたので、このチームもそれでいきたいです」
 彼が所属するロサンゼルスFCの本拠地は、私の自宅から車で30分ほど。ここに来なければ知り得なかった将来日本を代表するであろうゴールキーパーを見に、スタジアムへ行ってみたくなった。そう伝えると、「よろしくお願いしまーす!」と無邪気な笑顔で頭を2回も下げた。

 

 

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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