スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2026年5月 4日 (月)

W杯日本代表発表の日に見た’鍵を握りしめる手’と’震える手’を思い出す 初出場98年の青空会見で始まった8回目のW杯日本代表発表15日に 

 4月下旬、Jリーグの視察に来ていた日本代表・森保一監督に試合後 「監督は、大安など暦の縁起を考えますか?W杯代表の発表の日、いつかな、と予想しているんですが…」と質問した。勝ったらパンツは変えないそうだから(もちろん洗濯はします!とのこと)六曜(大安、仏滅など)縁起をかつぐのだろうと予想して。
 監督は「そこはあまり気にしてはいないんですが。でもそう言われるとやっぱり気になりますよねぇ…大丈夫?」と、ニコニコしながら隣にいた広報に目線を送る。
 前回カタール大会のメンバー発表は11月1日と1並び。「はじめ」と合わせ予想通りの発表日だった。

 広報担当に「(その日が)大丈夫?」と聞いたのだから日にちはもう決まっているに違いない。監督も何となく縁起は気にはしている・・・そこで普段は調べたりしない「六曜」でここは大安で候補、ここは仏滅だから避けているかな、などとカレンダーを見る。ヒントをもらった2日後、6月のW杯北中米大会の代表メンバー発表日がJFAから5月15日と公表された。
 「先勝」は文字通リ勝負ごとには良い日らしい。何よりも、1993年5月15日に始まった「Jリーグの日」である。「W杯は日本サッカーの総力戦」「サポーターや関係者全員の共闘」とする監督の強く熱い思いが込められた日だ。

 
 過去の代表メンバー発表の日のシーンは今も忘れられない。今回も都内の最大規模の宴会場を持つホテルで行われ、取材陣はテレビのスタッフを加えれば300人ほどになるはずだ。森保監督と日本サッカー協会・宮本恒靖会長、山本昌邦日本代表ダイレクターがひな壇に揃い、配布資料と大画面に名前が投影されて会見が進むだろう。
 しかし初出場をかなえた28年前の98年フランス大会のメンバー発表はこうした洗練されたスタイルではなく、今では信じられない「青空会見」だった。

 フランス大会を前に、日本代表は登録選手よりも3人多い25人でスイス・ニヨンでの事前合宿を行っていた。最終登録の6月2日、当時41歳だった岡田武史監督はピッチにスポンサーの小さな立て看板が置かれていただけの屋外練習場で会見に臨んだ。正確には会見ではなく、囲み形式でテレビカメラを入れても20人ほどだったと思う。
 一人で、立ったままこの重責に向かった岡田監督が、右手にホテルの部屋の鍵をギュッと握っていたのを今も覚えている。格式のあるホテルのキーはとても大きかったから「カントク、鍵を預ける余裕も、誰かに手渡す時間もなかったのだろうか」と、握りこぶしを見ていた。岡田監督はメンバー外の3人、カズ(三浦知良)、北澤豪(ともに当時川崎)、18歳の市川大祐(清水)の名前を呼んだ。
 カズと北澤はその日のうちにイタリアへ。市川はチームに残って用具担当を手伝い試合を近くで観戦した。あの発表の日が起点となって、事前合宿のメンバーを何人にし、いつ登録メンバーを発表するか、市川のような若く次世代を狙う選手をどう参加させるか・・・ゼロから始まったW杯のピッチ外での戦いが8大会連続出場とともに積み重なっていった。
 
 青空会見で始まったメンバー発表から4年後の2002年、日本は韓国とW杯を共催。フランス人のトルシエ監督は代表発表に不在だった。青空会見同様、これも今では信じられないが、会見直前、「(メンバー選出の)情報漏えいを防ぐために」と、監督が滞在していたフランスから「ファックス」で協会にメンバーが送信され、それを当時、強化担当の木之本興三氏が読み上げた。木之本さんのメンバー表を持つ手が大きく震えていたのも忘れられない。
 それから5回の発表会見を取材したがその度に、選手を選出する厳しさと重み、メンバー外とする責任や苦しさを象徴する「鍵を握る手」と「震える手」を鮮明に思い出す。W杯の試合より前に、試合と同じく緊張し息が詰まる運命の日。ただ取材しているだけの自分でもそうなるのだ。監督、選手、家族、関係者の思いは想像できない。
 (4日付け釧路新聞コラムに加筆、文中敬称略)

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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