日本サッカー界の礎を築いた名将・今西和男さんの逝去を悼む 今西さんになぜか「リフティング50回できたらサッカー担当で良し!」と言われて素人が・・・
日本代表の森保一監督(57)ら選手の発掘、育成で日本サッカー界の礎を築いたサンフレッチェ広島の今西和男(いまにし・かずお)氏が16日午前0時12分、肺炎のため85歳で広島市内の病院で死去した。
森保一監督(57)は16日、日本サッカー協会を通じて「今西さんの訃報にふれ、心よりお悔やみを申し上げます。今西さんには言葉では表すことができないほどたくさんのことを学ばせていただき、そして成長させていただきました。サッカー選手や指導者としての立ち振る舞い以前に、社会人として人前に出て恥ずかしくないように、人としての根本的なことを教わりました。『サッカー選手である前に良き社会人であれ』を肝に銘じてこれからも生きていき、指導にも生かしたいと思います。これまで日本のために、そして日本サッカー界のために本当にありがとうございました。今夏のワールドカップも日本一丸で世界に挑み、今西さんが天国で誇らしく思えるようなサッカーをお見せできるよう邁進します。どうか安らかにお眠りください」とコメントを発表した。
森保監督は東京での日程がすでに組まれていたため、通夜にも葬儀にも出席できない。慕い続けた「広島の父」との辛いお別れに、どんな思いでいるのだろうかと監督の心中を思う。
1993年にJリーグが始まって以降、取材者としても本当に多くを教えていただいた。日本のスポーツ界には浸透していなかったポジション「ゼネラルマネジャー」の価値と意義を示し、初の外国籍監督となったオランダ人のハンス・オフト監督を招へいするなど斬新なマネージメント力を発揮。監督とのコミュニケーションのため英会話教室にも通った。森保監督、風間八宏氏、高木琢也氏ら多くの日本代表選手、指導者を発掘し、「サッカー選手より前に良き社会人たれ」と育てた眼力・・・日本サッカーの礎を築いた功績は数えきれない。
でもそんなご功績とは別に、今でもふと笑ってしまう個人的な思い出がある。協会の強化副委員長を務め代表合宿にも帯同されていた今西さんと日本代表の地方での合宿中にお目にかかった。朝、今西さんは散歩、私はランニング中だった。雑談しながら、「私はサッカー経験がないんです・・・」と言うと、今西さんはなぜか「そうか、サッカー担当なら、リフティングはできんとなあ・・・50回だな、うん。50回できればサッカー担当で良し!」と、本当に茶目っ気たっぷりに笑いながらとんでもない「ハードル」を目の前に置いた。
「無理です」と即答したが、帰京してボ―ルを購入し一応やってみた。スポーツだけは万能の私がぼう然とするほど難しい。だからいい歳をして悔しくて、悔しくて・・・。
選手たちに「足首を固定するんだよ」などと特別アドバイスしてもらい駐車場や公園、出張先にもボールを持参し!迎えた発表会で友人たちの前で60回にたどりついた。
カウントしながら笑いをこらえる友人たちが撮影した「リフティング60回認定」の映像とともに報告すると、今西さんは「えーーーー、本当にやったのおおお?」と驚いて、でもほめてもらった。
10回なら達成できるだろう。20、30回ならいっそ50回。60回にたどり着いた時、今西さんが「きっと負けず嫌いだから・・・」と、絶妙な目標設定をしたのだと思った。
まさかのリフティングをめぐる楽しい時間は今でも本当に有難く、そしてユーモアあふれチャーミングな笑顔が今も浮かんでくる。
W杯初出場をかけてフランスを目指す日本代表の強化委員として、97年のアジア最終予選に帯同。中央アジアでのアウェ連戦ではカザフスタン戦に引き分けた後、加茂周監督に代わってコーチだった岡田武史氏を当時、強化担当の副会長だったキャプテン=川淵三郎氏、長沼健会長に強く推したのは今西さんだった。岡田氏にはJリーグの監督経験さえなかったが、「(岡田さんを)腹が座っている。彼ならやれる」と大抜擢。初のW杯出場をかけた最終予選中の監督交代という崖っぷちから出場を掴んだ日本サッカー界の「ゼネラルマネジャー」でもあった。
フランスW杯の2戦目のクロアチア戦を終え、日本代表にトーナメント出場の可能性が消滅。記者たちと今後についてコメントを取ろうと土地勘ゼロのフランス・ナントの駅を走り回った。発車間際、「アルゼンチン、クロアチア戦とも日本代表は戦った」と言われた。「よくやった」「いい試合だった」ではなく「W杯で戦った」と言われた意味を、あの大会後、7大会連続出場を繋げてきた日本代表の試合ではいつも思う。
4歳で被爆し大やけどを負った壮絶な体験から、平和と故郷への深い祈りを込め、建設に尽力した新ホームスタジアム「ピースウイング広島」が完成し、待望のレジェンドマッチが24年12月に行われた。今西さんは試合前にピッチであいさつに立った。体調は万全ではないのでは?と聞いていたが、83歳は張りのある大きな声でそんな不安を吹き飛ばした。
「みなさんこんにちは!サンフレッチェ広島初代総監督の今西和男です!たくさんの方にご来場いただきありがとうございます。きょうはおおいに楽しんでください」
あの時、新スタジアムに沸き上がったサポーターからの大歓声、森保監督をはじめプロ化から一緒に走り続けた多くの選手、指導者たちが恩師に送った大きな拍手・・・自身で描いた最高の景色の真ん中で、今西さんの笑顔が輝いていた。
心からご冥福をお祈りいたします。


