サッカー日本代表 世界を目指す旅は31年前、イングランドと戦った聖地・ウェンブリーから始まった あの時手にした「サッカーの取材」というパスポートの有難さ
先週19日、サッカー日本代表の発表の直前、同じ部屋で井原正巳さん(59)の殿堂入り表彰式が行われた。代表発表を控える森保監督は部屋の最後尾に座り拍手だけ送ろうとしていたが、急きょ井原さんに花束贈呈をする役に。井原さんは森保監督から受け取る花束のサプライズに「えーー、ポイチに花をもらえるなんてビックリ」と笑い、監督は「井原さんは私たちに世界の扉を開けてくれた方。それが今も代表に脈々と続いている」とあいさつした。2人の穏やかな笑顔が逆に、どれだけ厳しい戦いを互いを信じて乗り越えてきたのかを物語っているようでやり取りをずっと見ていたかった。
東京中日スポーツ掲載写真 https://www.chunickhi.co.jp/article/1225277
盾を贈った湯川専務理事(井原さんと同じ昭和42年生まれ)は、1995年、日本代表がアウェーで国際Aマッチに挑んだ「アンブロカップ」に触れ「31年前、サッカーの聖地で初めてゴールをあげた日本人は井原さんです。きょう、イングランド遠征のメンバー発表なので是非ここで井原さんの表彰をしたかった」とあいさつした。
「えーーーーーー31年前!!」湯川専務のあいさつを聞いてなんだか目まいがした。
1995年6月、イングランド各地で、翌年のEUROの開催国イングランドが、前年94年W杯アメリカ大会のチャンピオン、ブラジル、スウェーデン、日本の3カ国を呼んでカップ戦を主催した「アンブロカップ」(当時加茂周監督)。本当に幸運な巡り合わせで取材に行っている。
老朽化で2000年に閉場されたウエンブリースタジアムはサッカーの「聖地」と呼ばれた。1923年に建設された歴史にイングランド代表戦とイングランド協会(FA)カップなどの決勝戦のみ開催する伝統が加わり、ウェンブリーでプレーした選手には「ウェンブリーマッチ」というAマッチとは別の称号も与えられる。こうした威厳がスタジアムを包み込んでいた。
Jリーグがスタートしてわずか2年、当時の日本代表のほとんどが日本リーグ時代を知るだけに「まさかウエンブリーに立てるなんて夢にも思わなかった」(井原氏)と誰もが感激し、自分たち日本代表にとって新たな歴史のスタートになるのだと特別な思いで臨んだ。
日本代表のサッカーが世界に全く知られていない時代である。ファンは日本を真剣に観ようとは思っていなかったと思う。前半は0―0で終わる。後半序盤でアンダートンのシュートが井原に当たってコースが変わり先制された。しかし日本代表はひるまず、堂々とイングランドに向かいチャンスを作り続けた。
後半17分、カズのCKから井原がニアでヘディングを決めて同点に。日本代表のウエンブリー初ゴールはアジア人初ゴールでもある。最後は柱谷哲二主将のハンドでPKを与え1-2で敗れたが、井原の同点ゴールやカズの果敢なシュートの後、イングランドはガスコイン、マクマナンらベンチで休ませるはずだった選手を次々投入してきたのだから少しは慌てさせたのだろう。
翌日の報道も印象に残る。ボランチ山口素弘のパスを「まるで日本の特産である絹糸のような繊細さで」と表現したコラムや1994年「ドーハの悲劇」を引き合いに出し「しかし彼らはあの悲劇から完全に立ち上がったことを示す試合をウェンブリーでイングランド相手にやってのけた」と書いた記事もあった。W杯に出場していない国が、優勝国イングランド(1-2)、ブラジル(0-3)、強豪スウェーデン(2-2)に懸命に食い下がった270分だった。日本代表がアウェーで初めて、世界のランキング国と試合をしたアンブロカップで全てが始まったのだと今、しみじみ思う。
アウェーで戦うとはどういうことなのか。今ではそんな表現は目にしないが、選手に「日本代表はアウェーに弱い」と書く時、それは自分自身の中にある同じ弱さでもあるのだと知る。アンブロカップ以降、日本代表は初のW杯出場を使命に、アジア各地で初めてのホーム&アウェーを戦い、欧州遠征、南米、北米、アフリカと、アウェー戦の厳しさに挑んだ。それはフィジカルだけではなく思想の転換でもあった。
彼らのお陰で、サッカーの取材という「パスポート」のお陰で、どれほどの国に入国できただろう。
今、中東の情勢悪化で地図が出る度に、自分がイラク以外ほぼすべての中東の国々に、予選で対戦する私たちにとっては「アジア」に入国していると改めて驚く。イランは色は自由だったが、中東では基本的に黒のベールをかぶらなくてはいけない。選手に顔だけ見せて汗だくで取材し御互い吹き出したのも懐かしい。
ただ代表に付いて、コメントをカバーしていてもわからない、数えきれない「アウェー」が自分に多くを教えてくれた。全てはあのイングランドでのウエンブリ―の試合が起点だったのだ。
31年経った今でも当時のウェンブリーのスタジアム長、マーティン・コーリーさんとクリスマスカードをやり取りする。あの時、好奇心たっぷりで、アジアの片隅からやってきた日本人に彼は信じられないほど親切に対応してくれた。スタジアム中を案内してくれ、芝の育成、警備システムなど教えてもらった。彼もあの時、日本代表を「いいスピリットを持ったチームだ」称えてくれた一人だった。
29日のスコットランド戦後、日本代表はロンドンに移動して31年前とは違う新しいウェンブリースタジアムでイングランドと対戦する。そして、トットナムのレジェンドで、清水エスパルスで監督を務めたアルディレス氏、同じくぺリマン氏、イタリアから元日本代表監督、ザッケ―ロー二氏、同・トルシエ氏ら日本サッカーをけん引した指導者が揃って日本代表の応援にかけつけるという。31年前には考えられなかったシーンだ。


