スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2025年9月13日 (土)

男子3000㍍障害で肩を貸し2人でゴールした感動的シーンの後で出された「イエローカード」の理由・・・

 世界記録保持者のギルマさえ転倒する激しい展開となった男子3000㍍3組目でスタンドが大きな拍手と歓声に沸いた。最下位を走っていたコロンビアのカルロス・サン・マルティンは足を痛めて、それでも最下位ながらゴールを目指そうと最後のハードルに向かっていた。しかし足が上がらず座り込んでしまった。すると、同じ3組目で転倒して決勝の望みが消えたたティム・バンデベルデ(25=ベルギー)がその様子に気付いてコースを引き返すと右肩を貸して2人は並んでゴール。ほぼ満員となったスタジアムに大きな拍手が鳴り響いた。
 バンデベルデはミックスゾーン(取材ゾーン)で「すでに決勝に進出できる位置にはいなかったし、彼も(サン・マルティン)同じだった。とにかくゴールはしようと戻ってちょっと肩を貸しただけ。(自身の)レースがここで終わってしまったことはとても残念だけれど、もしきょう見てくれたみなさんが自分を覚えてくれたとしたら嬉しい」と、肩を落としながらも笑顔を浮かべた。
 その取材中、3000㍍の審判がバンデベルデをわざわざミックスゾーンまで探しに来て彼にイエローカードを出した。

レース中に肩を貸した行為がルール上「助力」にあたるからだ。審判はちょっとうやうやしく、でも優しい笑顔で言った。
 「あなたにイエローカードを出します、審判として」
 バンデベルデ(9分02秒21)もマルティン(9分02秒21)もフィニッシュタイムは記録された。一方レース中、選手の助力になる行為は規則により違反となるため警告はルールとして出す。あえて杓子定規に取材損まで来て1対1でカードを出したのは
、バンベルデの行為に示した敬意の形だろう。だからバンデベルデも「ありがとう」と笑った。

 これまでサッカーでもどれほど多くのイエローカードを見て来たか数え切れない。しかし誰もが笑顔になり、出された選手がありがとうと応じるイエローカードは初めて見た。それも34年ぶりに東京で始まった
世界陸上で。
 0コンマを競う厳しいレース中に選手が見せた思いやりと満員の観客の拍手。そして思いがこもったイエローカード。メダルや記録と同じに記憶に残るシーンを見て、約200カ国以上、2000人以上が出場するビッグイベント・世界陸上が始まったのだと実感した。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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