スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2025年9月20日 (土)

世界陸上男子200㍍でボルトに並ぶ4連覇を達成したアニメファン、ライルズ「今回のテーマは’過去’を取り戻すこと。21年の東京オリンピックのスタンドには誰もいなくて気持ちが落ち込んだ。きょうのこのお客さんをどこにでも連れて行けたら最高だ」19日深夜の会見で心境を吐露

 19日に行われた男子200㍍で19秒31の世界歴代3位の記録保持者、ノア・ライルズ(28=米国)が19秒52をマークし男子200メートルでウサイン・ボルト(ジャマイカ)以来となる4連覇の偉業を達成した。予選はラストを流して19秒99。準決勝では「ほかのライバルにオレは本気だぞ、と言いたかった」(準決勝後のライルズのコメント)という圧倒的は走りを見せて19秒51(追い風1・0㍍)とギアをぐっとあげて全体トップで決勝に進出した。100㍍銅メダルから中4日、勝利へのプロセスも慎重に、かつ大胆に組織しての4連覇となった。
 日本のアニメが大好きで人気アニメのポーズを披露するなど華やかで取材対応でも常に明るいパフォーマーの一面を持つが、今回ボルトと並ぶ4連覇にかける情熱と計画はとても緻密で、ライルズに近い関係者は「全てのイベント、打ち合わせを断って集中したいと言ってきた。かつてなくピリピリした様子だった」と明かす。
 午後11時半に始まったメダリスト会見では、ボルトに並ぶ偉業を達成した29歳の率直な言葉が記者たちの胸を打った。
 「WOW!」中央に座るとまず大きく歓喜の声を振り絞った。
そして「今大会のテーマは‘過去’を取り返すことだった。21年(の東京オリンピックで)にここに来た時のことを今も忘れられない。オリンピックの舞台でスタンドは空っぽだった。それを見たとき、気持ちが本当に落ち込んでしまい計画していたパフォーマンスができなかったのを本当によく覚えている」と話した。
 ライルズの率直な言葉に改めて、東京t五o輪、そしてコロナ禍で「応援してくれる人々の姿が突如見えなくなった」時、トップ選手が抱えたメンタルヘルスの重大な問題をもう一度思い起こさせてくれる。100に続く200の決勝で見上げたスタジアムに「きょうのこのお客さんを(自分が走る)どこにでも連れて行けたら最高だ」と、ようやく塗り替えられた記憶に満面の笑みを見せた。
 パフォーマンスとポジティブな姿とは反対に、ライルズは自らの精神面のコントロールに苦戦しているのも明かして来た。昨年パリ五輪の際、自身の「公式X」で子どもの頃からのアレルギーや喘息、失読症(文字の読み書きや文章を読むのに困難を抱える読字障害)、ADD(注意欠陥障害)、過剰な不安や恐怖によって日常生活にも支障が生まれる不安症と、コロナの時期からうつ病を抱えていると公表。多くのトップアスリートやファンの共感を集めるカミングアウトをしている。

 19日の会見でも「心理セラピストがアドバイスをくれたおかげでコーナーをいい順位で抜けられなくても最後まで落ち着いてゴールを目指せたよ」と、専属のメンタルアドバイザーの存在に感謝した。
 ライルズの後半の100mが凄まじい。ジャマイカのレベルが9秒61とペースダウンしているなか、ライルズは9秒40で決勝進出者のなかで最もスピードが落ちなかった。こうした技術や「弱い自分も明かしていきたい」という率直さをみると、ボルトを抜く世界陸上5連覇も現実的に思える。もちろん地元のロサンゼルス五輪も視野には入っているはずだ。
 20日のナイトセッションの前に行われた表彰式で、ライルズは表彰台に上がる前に喜びにジャンプしたり首を振ったり、そして子どものようにユニホームの袖で何度も何度もあふれる涙をぬぐった。
 19秒台でなければ決勝に進めない凄まじいレベルの戦いと、それに勝っていく選手たち個人の精神力を改めて知った。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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