スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2024年7月 1日 (月)

陸上の日本選手権最終日に内定を獲得した男女2人のハードラー 3年で10台とは異なる高く困難な’ハードル’を飛び越えた村竹と福部 「自分の無力さ、屈辱からやっと解放された」村竹

 激しい雨が降り続く新潟のスタジアムで、村竹と福部はスタート地点から見えるハードルの道を見つめて競技人生を大きく変えた日を見つめていたのだろうか。ともに記録を手にしながら、代表の座が指の間からこぼれ落ちた経験を持つ。
 村竹は、3年前の21年、標準記録を突破して大きな注目を浴びた東京五輪最終選考会となった日本選手権決勝で、人生で初めてのフライングをおかして失格。
涙をこぼしてピッチを去る姿は気の毒なほど弱々しかった。翌22年オレゴン世界陸上に出場したが、ハードルに当たる不運で予選落ち。試合で飛ぶ10台以上の高い「ハードル」に挑み続けた3年だった。
 今回の日本代表の内定者では五輪標準記録(13秒27)をもっとも多く突破する圧倒的な実力を見せ、決勝の13秒07は自身セカンドベスト、さらに今季世界6位に入る好記録だ。しかし、強く望み、夢に描いたゴールに好タイムで飛び込んだ村竹は、なぜか雄たけびを上げることも、大きなアクションも一切せず、むしろ静かに、唇を噛んで感情を抑えて天を仰いだ。
 レース後その理由を聞かれると「ここがゴールじゃないんで、やっとスタートラインに立った、そういう思いでした。3年間、自分の無力さや屈辱を味わって、これでやっとそういう気持ちから解放されました」 レースと、3年間をそう振り返った。スタートラインについた時、頭をよぎったのは3年前の不安ではなく「そんな(不安)気持ちより3年間の自信のほうが大きかった」と笑顔を見せた。
 すぐに「パリ」に飛ぶという。五輪ではなく、世界最高峰での競い合いを実感するためのダイヤモンドリーグパリ大会を前哨戦とするためだ。
  福部も昨年、標準記録を突破しながら日本選手権で3位以内に入れずに世界陸上代表を逃して泣いた。しかし雨中の決勝では12秒86と今大会3レース全てで12秒台をマークする安定した走りで、田中、寺田を振り切った。
 「3レースで一番良くなかった。オリンピックを考えれば修正点、課題をたくさん見つけた大会になりました。(準決勝でも話していたが)昨年のあの4位があってきょうがあると思える」と、村竹と同じく、跳んで乗り越えた10台以上の「ハードル」を噛みしめた。
 ハードル、という競技の奥深さを2人が全身全霊で示したレースだった。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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