スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2023年5月14日 (日)

「もう1本、いいボ―ルを蹴ればいいや・・・」‘幻のゴール’からもう1度鈴木に送った鹿島・樋口雄大の鮮やかなCKの理由

 前半12分、鈴木のヘディングで絶好機に先制したはずが、VARで、逆に鈴木のファールが取られてノーゴールとされた。もちろん適用に間違いはないが、「インプレー」ではなく、ボールが動いていない「アウト・オブ・プレー」でのVAR採用は、各国リーグでも決して多くない、極めて稀なケースだろう。Jリーグでも過去、数えるほどだろう。
 鈴木優磨は、意味がよく分からない判定についてピッチで怒りを露わに抗議していたが、絶好のボールを右コーナーから、しかも2度も正確に送ったもう一人のMVP・樋口雄大は冷静に状況を判断していたと、試合後、明かした。

 「(監督から)スコアが動いても気持ちはブレずに、と試合前に言われていましたので、(あの判定も)冷静に、もう1本、いいボールを蹴ればいいや、と考えていました」
 試合後の記者会見で、連勝中CKからのゴールが多い点を質問された岩政監督は「セットプレーの取り組みを少し変え、樋口の蹴り方も話をしながら少し変えている」と答えた。DFの経験から、監督自身が「DFにとって、速くて強いボールがクリアしづらいのではなく、遅くて緩いボールでもクリアできないボールがある」と樋口に助言。速くて強いボールを蹴るCKこそ、得点に結びつくと思い込んでいたという樋口は、「この使い分けができるようになってきた。速くて強いボールは弾き返されるが、コントロールされた緩いボールはクリアしづらい。1本目、名古屋のDFの動きを見ていて、(鈴木が)ヘディングに入るタイミングには合っていないと思った。だから2本目もキックの質は同じで、コースをファーにしてみました」そう解説した。
 名古屋は、一度VARに救われほっとしたはずだ。しかしその時点で、すでに次のCKのボール、コースを考えていた樋口の冷静さ、戦術眼に振り切られてしまったといえる。「もう1本いいボ―ルを蹴ればいいや」そう気持ちを切り替え、本当に蹴った樋口にとって、連勝、無失点と同じに大きな収穫とは、自分が90分のうちに成長できたという実感だったのではないだろうか。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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