スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2020年1月 1日 (水)

ヴィッセル神戸に初タイトルをもたらした「3K」の信念とは・・・

 神戸の先発メンバーの外国選手(チームには6人)は、キャプテンのアンドレス・イニエスタ(スペイン)、ダンクレー(ブラジル)、トーマス・フェルマーレン(ベルギー)、ルーカス・ポルドスキ(ドイツ)でみななぜかユニホームは「半袖」だった。欧州の冬の厳しさに比べて日本など温かいという体感を示すのか、それとも創設25年目のクラブに「何としても」タイトルをもたらしたいという強い気合いのメッセージだったのか、ビッグネームと呼ばれる選手たちのそんな姿は、神戸が初タイトルにかける思いの象徴のようにも見えた。
 日本サッカー協会の田嶋幸三会長は試合後「(藤本が2点に絡んだのは)ただラッキーというのではなかった気がする。初タイトルにかける思いが鹿島を上回ったのではないか」とコメントした。田嶋会長の指摘通り、ただ幸運だったのではない。今夏、大分から移籍した藤本憲明が2ゴールともに絡んだのも、マリノスから移籍したGK・飯倉大樹が安定した守備でチームを勝利へと導いたのも、このクラブの悲願、初タイトル獲得に様々な場所から集まった選手、チーム全体の思いの結実だったのだろう。藤本、古橋の2人の運動量、スピードは鹿島の2人をはるかに上回っていた。

 それでも前半戦は苦しんだ。ポルドスキ、イニエスタ、ビジャ、日本代表の山口、チャンピオンクラブ鹿島で実績を築いた西らを集めてバルサ化を完成形にするはずだったが、監督が二度も変わり公式戦9連敗も喫するなど、2年間でのべ5人が指揮を執る結果に大苦戦を強いられた。三浦SD(スポーツダイレクター)は、こうした状況から天皇杯で初タイトルを獲得できた背景を「ピッチではポゼッション、ピッチ外では3つの信念がクラブ、チームに徹底した」と話す。一般的にはきつい、汚い、危険とされる「3K」は、神戸では違う。
 「世界的な有名選手でも若手でも、クラブが選手に求めるのは、第一に謙虚である選手。次に勤勉であること、最後にチームに献身的に尽くせる選手」
 三浦SDは神戸の3Kのクオリティについてそう話す。徹底したフィロソフィーでもあるという。またピッチ上ではイニエスタを中心にポゼッションは常に相手を上回る。スタイルよりも勝利。サポーターや関係者にそう厳しく批判もされたが、「そこだけは守ってきた。それがやっと実った。一度タイトルを取れれば大きく変われると思ってきた」と初タイトルを喜んだ。外国選手たちの勤勉さに加え、一昨年のW杯ロシア大会を経験した、酒井高徳、山口蛍は自分で自分に変化や挑戦を求めて加入しており、こうした姿勢が天皇杯で勝つたびにチームを強くしていったはずだ。

 イニエスタは、家族が護衛などつけずに常にリラックスした日々を送れ、自分もサッカーに集中できる神戸での環境を愛し、できるなら続けたいと願っているそうだ。三浦SDによれば、イニエスタは将来指導者になりたいと希望しており、日本での監督業にも魅力を感じているのだという。新しいクラブに思われる神戸だが、倉敷の川崎製鉄から転籍した95年に阪神・淡路大震災が起き、その後もスポンサーのダイエーが撤退するなどクラブとしては「苦労人」の歴史を歩んだといえる。震災から25年を迎えるこの天皇杯での初タイトル獲得は、あれほどの苦難からも立ち上がり、サポーターを含めクラブを支援し続けた「神戸という町」がもたらした勝利でもある。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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