スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2020年1月 3日 (金)

「箱根を夢みるという力」同郷の2人の好走を支えた憧れ 難病と闘うランナー、釧路、札幌、東京と箱根を追いかけたランナー 

 往路7位だった創価大は、最終10区で「作家ランナー」が11位シード圏内9位に押し上げる好走で、同大初のシード権を(10時間58分17秒)獲得した。アンカー・嶋津雄大(2年)は作家を目指しているそうで、1時間8分40秒の区間新記録、しかも、今大会を席巻したナイキの厚底シューズではなく国産のミズノでそれを叩き出す「独自路線」を貫いて、先ずは自身のストーリー第一章を完結させた。
 
眼の難病で進行性の「網膜色素変性症」と闘っている。暗くなると目が見えにくくなる。日の出が遅く、日の入りが早くなる冬場の朝練習を積むことが難しく、若葉総合高時代には、照明がある70メートルほどの校舎の廊下を走るのが精一杯。また集団走も隣との距離がつかみにくいために加われなかった。大学進学時には、練習環境が整備されていた創価大を選び、時間帯に関わらず照明を使える環境下で練習を積めた。
 「箱根を走り、チームに貢献するような走りをしたい、ずっと思い続けて諦めなかった。同じ病気で、一歩踏み出せない人に勇気を与えられたんじゃないかと思う」と、区間新記録と同じかそれ以上の喜びを表した。
 同大学では、目標設定を書いて榎木和貴監督に提出する。選手たちが目標タイムを書いて出すなか、嶋津だけが「シード圏内でゴールテープを切る」と、小説仕立てで監督に提出したそうで、監督は「彼は、具体的に目標を設定していたんでしょう。春には新人賞獲得を目指して陸上をテーマにした小説を投稿する。

 
大会最優秀選手賞の「金栗四三杯」は、往路2区(23・1㌔)で2009年のモグス(山梨学院大)が作った区間記録を7秒更新した(1時間5分57秒)東洋大の相沢晃(4年)が初受賞した。10年破られなかった記録を6分を切って塗り替えた点が評価され、相澤は会見で「(最優秀選手を)聞かされた時は、すごくうれしかったです。ずっと目標にしてきた箱根駅伝の最優秀選手賞を頂けたことを自信にし、これからマラソンを頑張って行きたい」と落ち着いた様子で喜びをかみしめた。
 昨年夏にユニバーシアード(ナポリ大会)ハーフマラソンで金メダルを獲得。世界を肌で感じた経験が、目標設定をより高い所へ変えてくれたという。入学する時には「ゴール」と言っていた箱根駅伝は、4年間で「通過点」と感じられるようにまでなった。

 「金栗四三さんの目指した、箱根から世界へという思いも、学年を重ねるごとにすごく増してきました。今回の区間新で得た自信で、これから世界で通用する選手になれれば」と、学生競技を締めくくった。

 相澤が区間新をマークし、誰よりも奮起した男が明大を5年ぶりのシード権獲得となる6位にチームを押し上げた。相澤と明大のエース・阿部弘輝(4年)とは、同じ福島県須賀川市で郷土のレジェンド、円谷幸吉さんの遺志を継ぐ「円谷ランナーズ少年団」から共に陸上をスタート。中学時代からライバルでもあり学法石川高時代にはチームメートとしてこの日まで走り続けてきた。5位でタスキを受けた際には記録より、ひとつ前の4位を走る、東京国際大の真船恭輔をまず追った。真船もまた、福島・学法石川高の同期。抜く際には、「頑張ろう」とだけ声をかけたという。従来の区間記録を36秒更新する1時間1分40秒の区間新をたたき出し、同大学の先輩、鎧塚も成し遂げられなかった箱根の区間新記録をチームの歴史と後輩に残した。円谷幸吉さんがマラソンで銅メダルを獲得した東京五輪を再び迎えた年、箱根の同じ区間に、円谷さんに憧れ、五輪を目指そうという若きランナー3人も揃う。ただの偶然ではなかったのだろう。

 
箱根駅伝は関東学連が主催のいわば小さなブロック大会だった。ところがテレビ放映が始まり、驚異的な視聴率を生む正月の定番と成長し、それが多くの子どもたちに同じ夢を与え、結果的に強化にも好影響をもたらした。

 6位の明大では、4区13位と順位はもっとも悪かったが、箱根ではあまり数のない釧路出身の金橋佳佑(2年)も、「いつか箱根を走りたい。チームに貢献する走りで上位を目指したい」と夢を抱いて、夢を叶えた。初出場で最初は「あぁ、富士山がキレイだ」と走りながら鑑賞する余裕もあったそうだが、途中からは「もう景色を見る元気も、家族を探す余裕もなくなってしまいました」と、申し訳なさそうに頭を下げた。釧路は雪は少ないが、真冬には氷に閉ざされる。このため雪よりも走るのは難しく危険で、札幌山の手高に「留学」した時には雪の上を走る心地良さを噛みしめたのだという。来年は復路で活躍したい、と笑ってチームメートのところに戻って行った。この日のランナーから何人が東京五輪に出場できるのか分からない。しかしオリンピックイヤーの幕開け、ここを走って世界に挑むという「箱根の夢」の種も実をつけると願いたい。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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