スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2012年5月24日 (木)

「恐ろしいほど冷静だった、香川のシュート」今最終予選の代表を象徴するゴールか

 

 W杯5大会連続出場を狙う今回の予選は、過去とは違う戦いになるのだろうか、と、香川のシュートを見ながら考えた。

 アジアのW杯予選において、初めて最終予選の全日程がホーム&アウェーで行われた97年、日本代表は韓国戦に逆転負けを喫し、続くカザフスタン戦も追いつかれて引き分け、どん底に落とされた。そして岡田監督に変わった初戦のウズベキスタン戦も0-1で終了寸前。終わった、と誰もが思ったとき、DFの井原正巳が前線に向かって・・・

精度がすばらしく高いとは言えないロングボールを放り込んだ。それにFWロペスが、これもドンピシャというのではなく気持ちだけで合わせたような強引なヘディングがゴールに。

負ければ予選は終了という土壇場で追いついたこのゴールの形は実に不格好だったが、98年のフランスW杯出場を果たした代表の、粘り、泥臭さ、強い闘争心、そしてサポーターやメディアが諦め、批判を浴びせる中で掴んだ「運」の原型を象徴するものだった、と思った。

06年ドイツW杯最終予選では、タイでの北朝鮮戦の前に王手をかけたバーレーン戦のゴールがあの代表を象徴した。海外組、国内組と明確なグループ分けと対立の中、試合前日に小野伸二が骨折で離脱。緊急事態の中、難敵バーレーンを相手に、海外組の長、中田英寿と、国内組のリーダー、小笠原満男が見せたパスによる「コミニケーション」は印象に残る。

10年の南ア大会最終予選では、ウズベキスタン戦で岡崎慎司がヘディングで飛び込みながら2度のシュートで奪った決勝ゴールが、オシム監督の病、監督の緊急交代、といっためまぐるしいアクシデントの中で勝ち抜いた日本代表の象徴に思えた。

こうした過去の最終予選の歴史から、厳しい最終予選には、その代表の「型」のようなゴールが生まれてきたと考える。そしてこの日、前半に香川が奪った先制点は、過去最多の「海外組」から成る代表の、シンボルとなり得るのではないかと何度もスローに見入ってしまった。

 

「(ゴールのシーンは)DFを交わせばフリーになると分かっていたので、あそこ(サイドネット)へ蹴ろうと狙っていた。うまくいってよかったです」

 

試合後、香川は事もなげに「うまくいってよかった」と笑った。もちろん、ドイツで2冠を獲得するチームで、リーグ戦13点9アシストをあげ世界が認めたフットボーラ―である。対戦を終えた、アゼルバイジャンのフォクツ監督がわざわざ名前をあげて「香川のゴールは世界のトップのそれだった」と脱帽したほどだ。

長谷部からのパスを左サイドで受けた香川は、相手DFを大きな切り返しで振り切ってシュートへ。そのとき、すぐに打たずに、ほんの一瞬、GKを含めてDFの重心が切り替えで一気にニアに傾くのを待った。恐ろしいほどの冷静さをかいま見せたプレーだった。その後、右足でサイドネットを正確に狙ってシュート。DFGK、味方のポジション、全てを把握した「間」のシュートは、過去の代表で見られるものではなかった。冷静さ、高いテクニックを駆使したゴールには、過去最多の海外組が中心となって織りなす今代表、彼らが戦おうとする「最終予選」が凝縮されていたのかもしれない。

 

崖っぷちに立ち続けたチームの起死回生を予感させたゴール、主力の骨折、国内外の対立と混沌とした要素が絡み合う中で掴んだ「チーム」としてのゴール、相次ぐアクシデントを乗り越えた泥臭いゴールを経て、5大会連続出場を狙う今回のゴールには、世界もうならせる洗練された技術と冷静な判断力、豊富なキャリアが投影されるのだろうか。そう期待させる香川のゴールだった。もちろん、自身も「独特の緊張感がある」と話す最終予選が、簡単に抜けられるはずはないが。

24日、今回はリーグ戦を優先して選ばれなかった遠藤、今野、清武、オランダリーグの吉田、ハーフナー・マイクらを交えて代表が発表される。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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