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2010年6月30日 (水)
コラム「「選手が、監督が腹を括った36日間」―チーム崩壊の危機から、決勝Tへ―

 PK戦での決着の瞬間、松井や稲本が駒野に歩み寄って抱きかかえ、遠藤も涙を流し、涙を人に見せまいとする川島はいち早くピッチを去った。ピッチのあちこちで選手は互いに抱き合い、泣いた。98年フランスW杯最終戦のジャマイカ戦、02年の決勝トーナメント1回戦でトルコに敗れたとき、前回のドイツ大会でブラジル粉砕され敗退が決まったとき、日本はいつも全員が涙を流すような試合はできずに終ってきた。

 29日、今にも雨が降り出しそうな灰色の雲におおわれて始まったプレトリアでのゲームで、日本もパラグアイも初のベスト8入りをかけて凄まじい120分を闘った。試合開始から、華麗さも、世界的なスターも一人もいないカードは、固くて地味な死闘となった。

 この試合で結局1点を取れずに終ったことは重いが、過去3大会、12年かけて「自分たちの力を出し切った」といえる試合をしたことは、W杯のスタートラインに立ったという意味でも称えられる。8強の壁はあまりにもぶ厚かったが、わずか1ヶ月前、イングランドとの親善試合の際に、日本代表がこれほど充実し、力強い姿でW杯を終ろうなどと誰も予想できなかっただろう。何よりも、選手たち自身が想像していなかったはずだ。

 5月24日、壮行試合となった日韓戦に0-2で敗れ、最悪の形で合宿がスタートした。「守備」が大きくクローズアップされたのもこの試合からだ。日韓戦、セルビア戦と失点がかさみ、岡田監督は蛇口からあふれる水を何とか止めるために、阿部をアンカーに置くという、4-1-4-1のシステムを導入したが敗れ、岡崎は前線で孤立せざるを得なかった。続くコートジボワール戦(6月4日)は再び0-2で完封負け。「チーム崩壊の危機だった」と選手たちは振り返る。

 一方、この4連敗、しかも完敗は、世界の強豪国との戦い方が決まらず不安を覚えていた選手たちに、「もう迷っている時間がなかった。これしか戦う手段はない、と腹を括らせてくれた」と腹を決めさせたと、大久保はどん底の頃を振り返る。長谷部も29日の試合後、「監督が踏ん切りをつけ、違う形でやり出そうとしてからうまく行き始めた」と話した。「高い位置からプレスをかけてボールを奪ってすばやく、ショートパスをつなぎながら攻撃する」としたコンセプトが揺れ、結果も全く出ない。システムが決まらず、戦い方も決まらず、右往左往していた選手、監督に、大会前の強化試合4連敗は「自分たちの形を捨ててでも守備をする」という、最後の手段の選択に「腹を括らせる」ものとなった。

 戦法のあまりの変貌ぶりは、「世界を驚かす」以前に、最前線で日々の取材をしていた記者たちを、まず驚かせた。

 戦い方だけではない。監督は「腹をくくって」主力選手を代える大手術を敢行した。アジア予選から出場時間の長かった上位選手、GK楢崎正剛、DF内田篤人、MF中村俊輔、FW岡崎慎司ら、「W杯のプレッシャーからかコンディションを落としていた」(監督)選手をはずし、GK川島永嗣、阿部勇樹、今野泰幸、駒野友一と、岡田監督の下、代表に招集されてもされても起用されず、出場時間は下位だったメンバーを選んだ。

 「悪い流れを断ち切りたい」と、ここまでチームを引っ張ってきたゲームキャプテン、中澤佑二のキャプテンマークを外させ、これを長谷部に渡した。これも大手術。「ファイトができて、誰からも一目置かれる存在」と岡田監督は長谷部を抜擢。崩壊の危機を救った、戦い方、選手の入れ替え、主将交代、3つの「手術」である。

 森本は「3連敗、と言われた批判を見返したかった」とチーム内の雰囲気を話していたが、無得点に終ったジンバブエ戦で、監督も、選手も、守備戦で活路を見出す、と覚悟を決めていたのだろう。岡田監督がずっと望んでいた「選手のほうから自然に出てくる反発心」が、4連敗でふつふつとわきあがってきたのだから、まさに「災い転じて」だった。
 これまでとは全く違い、ボールポゼッションでは相手が圧倒する中、持たせて術中にはめる。カメルーン戦でのこの「新スタイル」の確立が、選手、監督に「守って戦う」自信を与えることになったはずだ。

 結局1ゴールが奪えずに終った重すぎる課題は4年後に残ってしまった。あまりに守備的な戦いは当然賛否ある。未来がない、世界トップとは戦えない、と。岡田監督も「私にもやりたいサッカー、理想のサッカーはある。しかしここに日本代表監督として勝つためにいる」と複雑な胸中を吐露したこともあった。しかし長谷部が口にした「規律とチーム力。これがあればそうやられることはない。自分たちの強みが分かったことがこの大会の一番大きな収穫」とした言葉が、今大会の日本代表を象徴している。当初の理想とは大きく違った現実路線を選択し代表は活路を見い出した。

 ブラジルW杯に向けて、新たな監督、新たな闘い方につなげることができるか。監督、選手が全力で大会にぶつかった後、次に全力を尽くすのは、後任監督を選び、日本サッカーの道をブラジルにつなげなくてはいけない協会の技術委員会である。


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この特集について
スポーツライター増島みどりによる南アフリカW杯レポート、選手へのインタビュー。

増島みどり プロフィール
1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。著書も多く、速報サイト「ザ・スタジアム」も主宰している。

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