スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2024年8月 2日 (金)

人種差別にSNSでの誹謗中傷・・選手のメンタルヘルスの問題を世界に投げかけた米・女子体操のバイルズ 個人総合も金メダルで完全復活 JOCは選手への誹謗中傷に法的措置とのメッセージを発信

パリ8月1日 フランス人と結婚し長くパリに住む友人にずい分久しぶりに会い、カフェに連れて行ってもらった。日本でもよ~く知られた超有名店だが、やはり本場の雰囲気は洗練されていて朝食も充実している。周囲のマダムたちとは明らかに違って日焼けし、ハンドタオルで汗をぬぐうこちらを見ながら彼女は「このテーブルだけ違う店みたいだよ」と笑った。本当に。
 彼女は前半戦の「プラチナチケット」(販売は公式サイトによる)でもある体操女子の団体総合(パリ30日)の、さらに高額な席を購入して夫と観戦。体操の技は分からなかったけれど、国籍問わず選手たちへの温かい大声援や日本の団体4人のひたむきさを実感し「すっかり魅了されてしまった」と興奮する。トム・クルーズがいた、とか、アリアナ・グランデが拍手していたと様々なシーンを再現し、中でも東京五輪を途中棄権した後、長く休養しパリで五輪に復帰したシモーネ・バイルズ(27)への応援は本当に凄かった、自分も大ファンになったと身を乗り出して解説した。
 こちらで見かける雑誌でも新聞でも、テレビの選手紹介でも、バイルズは国とは関係なく圧倒的に多く取り上げられている選手だ。リオデジャネイロ五輪で個人総合、団体総合と種目別の床と跳馬で4冠を達成。しかし世界中で期待を注目を集める理由は、メダルの数だけではない。
 連覇と種目別全ての金で6冠を期待された21年の東京では、体操で「ツイスティーズ」と呼ぶ、メンタルの障害で空中姿勢も取れなくなる恐怖を告白して団体総合1種目目の跳馬を終えて途中棄権した。原因はアメリカ女子体操界を襲った医師による史上最悪のスキャンダル、性的虐待のトラウマとも分析された。
 
 同じ21年5月、自身のうつ病を告白して休養に入ったテニスの大坂なおみとバイルズの勇気は、トップアスリートのメンタルヘルスに重要な転機をもたらしたとして米国だけではなく、女性アスリートだけではなく広く称賛されて来た。東京後の休養から昨年復活を果たし、NFLの選手と結婚。パリではもうメンタルヘルスに心配はないと言う。
 東京の棄権の後、アメリカの団体が銀メダルだった結果に「身勝手」とSNS上で長く批判された。今回パリに入ってからも投稿した髪型をめぐって「体操選手らしくない」などと批判が寄せられ、彼女も「クーラーもないし暑くて髪が整わなかった」と反論。世界中の注目を集める選手だけに、誹謗中傷も対アメリカだけではなく、内容も想定し難い。アメリカオリンピック委員会はバイルズについて試合以外の記者会見は行わない、練習も公開しないなど今も配慮を続けている。

 JOC
(日本オリンピック委員会)は1日、「SNS等を通じた皆さまからの激励・応援メッセージはアスリート、監督・コーチへの大きなとなっています。その方で、ない誹謗中傷、批判等にを痛めるとともに不安や恐怖を感じることもあります。TEAM JAPANを応援いただく皆さまには、誹謗中傷などを拡散することなく、SNS等での投稿に際しては、マナーを守っていただきますよう改めてお願い申し上げます。なお、侮辱、脅迫などの行き過ぎた内容に対しては、警察への通報や法的措置も検討いたします」(一部のみ)と、異例のメッセージを発表した。メッセージの意図は理解できるが、「TEAM JAPAN」はまだ定着した表現ではなく、もし警察への通報、法的措置と言うのであれば団長名、或いは中傷された競技団体の責任者名で発信したほうが良いと思うが。
 オリンピックはスポーツの最高峰で、振る舞いや感じがいいか、好ましくないかを競ったり、ファッションや化粧、髪型が採点されたりする場ではない。投稿者は選手が負うリスクや想像を絶する重圧にさらされるわけでもないし、 お決まりの税金の無駄使いなら五輪よりももっと腹が立つ無駄使いはいくらもある。競技の結果と誹謗中傷は全く関連がない。もし数万人に囲まれたアリーナやスタジアムに1人で立ち一度のミスも許されない、ミスをしたら4年後にしか取り返せないと言われたら・・・考えるだけでもぞっとしてしまう。
 競技、環境、人種差別、犯罪、止まない誹謗中傷、と様々な問題からメンタルヘルスのバランスを大きく崩し、2年かけてもう1度五輪に復帰したバイルスは1日夜、個人総合で金メダルを獲得しアリーナ中を、世界中を熱狂と感動の渦に巻き込んだ。いくつもの課題や解決法を示す存在だ。彼女と会ったことも、もちろん話したことなどない友人もきっと、今頃テレビに向かって大きな拍手を送っているんだろう。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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