スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2023年7月26日 (水)

「29歳の猶本と19歳の藤野が塗り替えたW杯なでしこ史上最年少得点と、最年長での‘初‘得点の重み」 

 シュートを打つ前、猶本は顔を上げゴールキーパーを見て、コースをていねいに描いて左足を振り切った。少し前に同じコースを狙ったが外れ「1本外していたので迷わず狙いました。次は決めたかったので正確に」(猶本)と、気持ちを乗せたボ―ルはゴール右隅へ。なでしこジャパンに初めて選出されてから実に9年、憧れながらも呼ばれなかった代表で、しかもW杯で、29歳は1本のシュートで全てを表現した。
 「(選出されず)多分色々な思いがあるんですけれど、今は(大会中なので感傷に)浸らないように、次に向かって気持ちを切り替えたい」と、こみ上げるものをこらえた。佐々木則夫監督時代になでしこジャパンに選出されるも、その後、代表からは遠ざかった。あえて環境を変えるためにドイツ、SCフライブルグへの移籍も経験した。
 女子日本代表は1991年に中国で行われた初のW杯(当時は女子世界選手権)から今大会まで9大会に連続出場して来た。95年スウェーデン大会で野田朱美が、日本女子のW杯初ゴールを当時25歳でブラジルから奪って(2ゴール)歴史がスタート。以降、澤穂希は03年のアメリカ大会のアルゼンチン戦で(当時25歳)初ゴールを含んで2点をあげた。11年、優勝を果たしたドイツ大会では丸山桂里奈が28歳で(トーナメントでのドイツ戦)、15年カナダ大会でも鮫島彩が28歳でW杯初ゴール(グループリーグカメルーン戦)を決めており、猶本はこれを上回る「遅咲きのゴール」を決めたことになる。

 猶本のゴール直後には、W杯なでしこ史上最年少となる19歳でのゴールを藤野が奪った。田中がゴール前に落としたヘディングを拾って、右サイドからエリア内に切れ込むと、角度のない位置から、さらにほんの数十センチのニアを思いきり打ち抜く強烈なシュート。疲労やコンディションを配慮して先発4人を変えたこの試合でも、19歳をあえて先発起用したのは、大舞台でゴールを取ってスペイン戦、ラウンド16へ自信と手応えを掴ませようという池田監督の狙いでもあったはずだ。
 これまでは、07年中国大会での永里優季の20歳でのゴール(グループリーグアルゼンチン戦)で、藤野も「そういう記録があるとは知りませんでした」と試合後、驚いた様子だった。
 初戦では憧れの舞台立ち「体中に鳥肌が立った」と、ティーンエイジャーは感激を表現したが、この日初ゴールの感想は冷静だった。
 「いつも狙っているコース、シュートだったんで、練習通りにできた。勝利に貢献できたことが何よりうれしい。(猶本のゴールに)本当に凄いと思いました」と、代表を離れても諦めなかったなでしこの大先輩に心からの敬意を示していた。
 C
グループは、得失点差8のスペインが同7の日本を上回って首位。3戦目は、グループ首位抜けをかけた厳しい戦いが予想される。またトーナメントの1回戦の相手となるグループAは、スイス、ニュージーランド、フィリピン、ノルウェー全チームが3戦目に突破への望みをかける激戦に。年齢差10歳の2人が決めた歴史的ゴールが、なでしこをW杯4大会連続でのトーナメント出場と、2大会ぶりのベスト8、さらにその上へ弾みをつける。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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