スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2023年2月 7日 (火)

「大変光栄です」と国枝は答えたが・・・国民栄誉賞を贈る側の資質は?

 ユニクロ・柳井会長は「きょうは泣かないで・・」と、と新たなスタートを祝福していたが、国枝が思わず涙ぐむといった場面は一度もなかった。前人未踏と、未到両方の険しい道を歩いたキャリアを「やり切った」という、その清々しい笑顔と弾む声が、記者会見を特別なものにしていた。引退会見としても素晴らしいものだった。
 途中、記者から国民栄誉賞の話が質問されると、先週末にすでに関係者から打診があったことを明かし、「最大限評価して頂き、大変に光栄です」と引き締まった表情を見せた。
 会見中、国枝は「車いすテニスをエキサイティングなスポーツとして、魅力を発信しようといつも考えた」「ようやくスポーツというところまで来たけれど、もうこの年齢になってしまった」といった趣旨のコメントを何度もしている。それは、福祉、リハビリとしての車いすテニスではなく、アスリートとして最高峰を目指す戦いだったと明言しているにほかならない。国枝がトッププロとして切り開いたのは偏見や差別とは無関係なスポーツの世界で、国民の誰もが、その姿に感銘を受けたのだ。柳井会長はこの日「ウクライナや難民問題も(国枝選手と)一緒にやっていきたい」と発言。会長と企業の多様性に対する明確なスタンスだろう。

 岸田総理の荒井秘書官が同性婚について「見るのも嫌だ。隣に住んでいると思っても嫌だ。(同性婚には)秘書官室はみんな反対している」とオフレコの席で発言し、その後撤回したという。また岸田総理は「言語道断。政府の方針に反している。国民に誤解を生じさせたことは遺憾で不快な思いをさせてしまった方々にお詫びする」として、秘書官をスピード更迭した。多様性を根本的に否定した発言をする秘書官を置いた総理大臣に、「国民」を代表して、困難な道を切り開いた国枝に対して、「栄誉賞」を贈る資質はあるのだろうか。スポーツの多様性は素晴らしいが、社会の多様性は、同性婚によって「国が変わってしまう」とダブルスタンダードを示すのだろうか。真摯に競技に取り組んだアスリートの、堂々とした引退会見を見ながら、「国民」栄誉賞とは何なのか考えていた

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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