スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2022年3月13日 (日)

鈴鹿・カズが、丁寧に「賢く」作り続けた‘間’ 65分での交代後にチームが2ゴール奪った理由

 昨年の500人を一気に10倍以上にした4620人の観客動員、年輩から子どもまでの幅広い年代層も、男性も女性を問わない様子も、そしてあっという間に300枚を売り切ったというカズのタオルマフラーやグッズも全てが、日本のサッカー界をけん引し続けてきた伝説的なフットボーラーの存在感を改めて知らしめる現象だったのではないか。カズのキャリアと枯れた芝生は、どこかミスマッチだったが、それでも試合中、その薄茶色のピッチのあちこちに、カズにしかできないプレー、ここまでサッカーと対話し続けた選手にだけ分かる何かが散りばめられ、輝いていた。なかなか「目に」は見えなかったが。

 自身、5年ぶりとなった「開幕スタメン」でスタートを切ったが、試合は青森ラインメールも強いフィジカルを活かし、互いがぶつかり合う、非常に厳しいものとなった。サッカーの試合には流れがあるものだが、鈴鹿と青森の試合に「流れ」や「読み」はなく、ただただ、互いが何としても開幕戦の勝ち星をもぎ取るんだ、との、固い意思だけが激突しては火花を散らすそんな展開だった。観ているほうも苦しくなる。カズは試合後「3ポイント取るのが一番大事だった。沢山のお客さんの前で2-0で勝てたこと、次につながる試合ができたのが良かった。若い選手が多く、非常にタイト(固い試合展開)だったし、芝生のコンディションが(これまでとは)違いますので、それらを考えてプレーをしなくてはいけない。開幕戦の硬さもあるし、相手も思いきりボールに突っ込んでくるし、ボールは跳ねるし、そこで賢くサッカーをしなければならない、と思っていた」と、試合を振り返った。昨年の出場時間1分、この日は60分。「あと何倍も出たい」と、表情を崩した。

 試合機会を求めて移籍したのはもちろんゴールを狙うため。やっとつかんだ先発に、エリナ内にできるだけ近いところでプレーをし、多くのボールタッチをしながらリズムを作るカズのスタイルも示したかったはずだ。しかし、試合中、カズがそのキャリアを存分に示したのは、鈴鹿、青森どちらのチームであっても激しいファールが起きた時、そこからリスタートに入る時、プレーが止まった瞬間だった。
 激しいファールに双方が荒れそうになる前に、相手チームの選手を起こしに何度も走った。素早いリスタートをされそうな場面は何度もあったが、カズが相手ボールを(スタートさせないように)何気なく脇にかかえて時間を稼いだり、キッカーの前にさっと立って後ろの守備陣形を確認する。カズが作るこうした絶妙の「間」によって、チームは深呼吸をするように落ち着きを取り戻し、流れ、と呼べるものを生み出そうと少しづつ動き出した。カズはホイッスルが鳴るたびに、そこへ走り、こうした作業を繰り返した。会見が終り、歩きながらこんな話をした。
 「選手たちはみんな、本当にまっすぐなんですよ」若手に対する「ピュア」との愛情を込めた表現だ。もうひとつ、カズの真意はサッカーに対して「ピュアだからこそ不器用」の意味に受け取れた。
 「まっすぐ過ぎて、試合に‘間’がないでしょう。(ボールの前に立ったり、守備陣形が整っているかを審判と向き合いながら時間を取るような動きを、若い彼らはよく言う‘マリーシア’(ポルトガル語でずる賢いとの意味)と、良くないと思っているんだね。そういうところを自分が見せたつもりです)マリーシアは、されてもいないファールを痛がるとか、見えないようにファールをするとか、誤解される単語だが、本来は、サッカー全般においての「駆け引き」を指している。

 昨年、横浜FCでの出場時間は1分。この日も後半に入って試合勘の不足からフィジカルもきつくなり、泰年監督には自ら交代を申し出たという。ピッチにいる時間帯にはゴールは生まれなかったが、前半から丁寧に「間」を作り続けたプレーでチームは流れに乗って勢いをつけ、2ゴールをあげた。泥仕事で汗をかいた選手はピッチにいないが、「一番サッカーが動く時間」(カズ)、71分には右サイドからのクロスを三宅海斗が頭で押し込み先制する。終盤は、GK石井綾の好守で凌いで、アディショナルタイムに菊島卓がミドルを決めて青森を突き放した。
 
 泰年監督は会見で「自分がサッカーのプロ監督であると覚悟をし、チームと個人を成長させなくてはいけない。でもそれは、18歳だから成長するのではなく、55歳も成長させなくてはならない」と重いコメントをした。
ピッチに立ち続ける55歳以上に、55歳を18歳と同じように成長させてチームの勝利に貢献させるためマネージメントを求められる監督のほうが、実は大きなプレッシャーを負っているという。
 カズも会見の最後に「僕は監督にとって大きなストレスになると最近思う。監督が自分を使うことは賭けにもなる。そういう苦労を監督に対して感じるようになった。試合が終わって(ハグをしたので)もっとぐっと抱きしめてくれるかと思ったら、サラっとでしたね。昔から(勝負には)怖い泰さんがまだいましたね」と笑った。30試合のうちの1試合、兄弟の甘くはない厳しいストーリーもスタートした。

 

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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