スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2022年3月22日 (火)

サッカー日本代表 24日、W杯7大会連続出場をかけシドニーでオーストラリア戦 25年つないだ連続出場と「アウェー」の重み

22日=シドニー(日本との時差はプラス2時間、天候晴れ、気温28度、湿度58%) ほぼ2年間、身動きが取れなかった海外出張が、W杯カタール大会アジア最終予選の、しかも勝ち点を取れば7大会連続出場が決まるという大一番の取材で再開した。オーストラリア代表とのアウェー戦は24日、こちらの午後8時(日本時間10時)、スタジアム・オーストラリアで行われる。22日は午後5時から(日本時間7時)冒頭15分だけの公開で練習が行われる。
 試合が行われるのは、シドニー五輪のメインスタジアムで、Qちゃん(高橋尚子さん)が「と~っても楽しい42・195㌔でしたぁ!」と、激闘の末とは思えないほどの軽やかな笑顔で駆け込んだゴール地点。女子マラソン初の金メダルを獲得したあのトラックはなく、今は専用球技場になっている。

 ほぼ2年ぶりの海外出張も、以前に戻ったのではない、とも実感する。VISAの申請だけで実に18ページ、さらに添付資料が8つ、ここまではコロナ前にも必要だったかもしれない。さらに、健康調査で出発前にPCR検査での陰性証明やワクチン接種の情報を全て入力しないと搭乗できない。そういう時代になった。しかしそれほど大変な手続きをしてでもシドニーに来たのは、もちろんW杯7大会連続出場の歴史を取材するため、そして「海外出張を思い出す」ためだ。
 「海外出張を思い出す」なんておかしな表現だけれど、本当に「どうするんだっけ?」と戸惑うくらい時間が経過してしまった。
 それでも、幸先よく「彼女」のお陰で突如、思い出したように感じた。空港からのタクシー乗り場、偶然一緒になったので、同じ方向なら、と声をかけると、彼女が「あっ・・」と、私のバッグのタグを見て、「みどりさん、ですか?私もなんです!」と笑う。同じ名前の、しかも若くて優秀な女性と、偶然会った空港で同乗してホテルに向かいながら色々な話を聞く。「海外出張を思い出す」には、これ以上ない素晴らしいウォーミングアップだった。
 タクシーのドライバーも、「海外出張を思い出すウォーミングアップ」に本当に最適な話し好きで、ずっと身の上話をしゃべってくれた。「25年前にどこから移住してきたと思う?」とこちらに質問する。話の最初に、「サッカーにはあんまり興味がないなあ、クリケットがベスト」と話していたので「(移住してきたのは)インドから?」と答えると、「何で分かった?」と大喜び。アマチュアチームでもなかなかなプレーヤ―だそうで、子どもたちもパパに憧れプレーヤ―、と、日本ではなじみのないクリケット話で車中を盛り上げる。海外なんて当たり前、だった時には、そんな話は「もういいよ」と、流して聞いていたと思う。
 若くて優秀なみどりさんは「きょうこうやって外に出てみて、自分の中でこの2年くらいウズウズしたものが何だったか、ちょっと分かった気がします」と話していた。「アウェー」に身を置くと、視野が変わる。マインドも変わる。それを指したのだと思う。
空港の通関に「ウクライナ人で一時滞在VISA申請をされた方はこちらへ」と書かれた案内があるのに気が付き、「アウェーとは」と、ハッとさせられた。

 「アウェー」の概念や思想を教えてくれたのは、私にとってサッカー日本代表だ。1990年代に入って、W杯出場を目指す代表のお陰で旅行であれば入国できないような国々にでも、「サッカーの取材」という特別なVISAで入国し取材をしてきた。そして、彼らが戦う姿に、多くを教えられた。1997年、アジア最終予選のプレーオフ「ジョホールバルの歓喜」で、延長に入る死闘の末、初めてW杯出場を果たした代表に特別な敬意と感謝を今でも持つ理由だ。
 20日、ニッパツ三ッ沢競技場で行われたJ3、YS横浜対松本の取材に行った。出発前にあの激闘を戦い抜いたMF,名波浩監督にちょっと会ってから行くのもいいかな、と。あの頃は日本中が「W杯に出場できなきゃ許さない」と、殺気立っていたので「こんなに静かに、突破がかかる試合は過去にもなかったかもね・・・」と聞くと、名波監督は25年前、CDを買おうと入った店先でサポーターに「名波、もっと戦えよ!」と怒鳴られた、そんな懐かしく、熱かった時代を思い出したのだろうか、吹き出した。
 「森保監督にも(松本が練習していた)夢フィールドで会えたんだ。どんなに厳しいか、想像もつかないけれど、監督の包容力で選手もきっと力を出せると思う。絶対に頑張ってくれるでしょう」
 あの時、ジョホールバルでは練習場には釘がまかれ、ホテル前で明け方までパーティーが行われ満足な睡眠もとれなかった。「アウェーの洗礼」などと言うのは簡単だったが、あれから25年、どれほど厳しいアウェーだったか、改めて思う。現場で、あの時は想像もできなかった四半世紀続くW杯出場の瞬間を取材できるとすれば、それを平和と呼ぶのだろうと思う。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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