スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2022年2月 8日 (火)

ジャンプ高梨沙羅に、06年トリノ五輪「悲劇のレース」を乗り越えた大津広美と、意外な言葉をかけた岡崎朋美のストーリーを

 8日=北京五輪4日目 7日に行われたノルディックスキージャンプ混合団体で、高梨沙羅(クラレ)を含み、オーストリア1人、ドイツ1人、ノルウェー2人と5人もの女子選手がスーツ規定違反で失格になった。1回目の失格に泣き崩れながらも、1時間足らずの間に気持ちを切り替え、2回目にスーツを着替えてK点を超えた姿に、女子ジャンプの第一人者として3回目の五輪にかけたプライドがあふれ出ていた。審判が採点出来ない「魂の飛型点」の高さが、メダルとは別の輝きを十分に見せつけたと思う。
 ただし、女子の有力選手5人が失格した点や、検査にあたった女性2人、検査方法、ランダム検査は通常通りだとしても、結果的に五輪新種目の意義と価値を大きく損なった点など、挽回した日本選手たちの頑張りだけでは十分ではないだろう。「抗議はない」とするFIS(国際スキー連盟)副会長の重職には、日本から村里副会長が就任している。こうした政治でも、是非指導力を、と願っている。

      「トリノの悲劇のレースと、2人の女性トップスケーターの振る舞い」

 太もも回りが2センチ大きかったと、突如失格させられ、立っているのも難しいほどうなだれ、選手や関係者に抱きかかえられる高梨の様子に、06年トリノ五輪のスピードスケートで起きた「悲劇のレース」と、女性アスリート2人を思い出した。
 前回18年平昌五輪では、団体追い抜きで日本女子が金メダルを獲得。他国を圧倒するチームワークには、多くの人が胸を揺さぶられたはずだ。今大会も金メダル候補にあげられる。
 実は同種目、トリノから初めて新種目に加わった。初の種目の初代女王を目指した日本は、大津広美、当時ダイチに所属していた田畑真紀、富士急の石野枝里子、と富士急に在籍したメンバー3人で見事なコンビネーションを展開、銅メダルをかけた3位決定戦では、一時ロシアを1秒近くもリードした。先頭で引っ張った大津は残り約2周の地点で、ラップを上げようとの作戦で先頭から最後尾に移動。しかしバランスを崩して、そのままリンクサイドのマットにあおむけで激突し、ロシアにメダルを譲ってしまった。
 新種目での、しかもトリノでメダルがなかったスピードスケートチーム初のメダルが見えた瞬間だった。オリンピック初出場の大津は、今回の高梨と同じようにレース後うなだれチームメートや関係者に抱きかかえられ、「先頭の交代で焦ってしまったんだと思う。もしかしたら表彰台に立てたかもしれないのに……私の責任です」と泣いた。
 「五輪の様々な魔物と戦ったアスリートたち」をテーマに原稿を書くため、2019年、第一子の出産を控える大津に13年ぶりに話を聞いた。この時、それまで話して来なかったエピソードを穏やかな表情で明かしてくれた。ほとんどの選手、関係者に「あなたの責任ではない」「4位になれたのは大津のおかげ」と慰められたが、13年経った今も忘れられない、そして、その意味や強さを改めて思い起こす言葉をかけてもらった、と。
 4度目の五輪出場を果たし、トリノ五輪では主将の重責に、風邪で発熱しながら500㍍4位に入った同じ富士急の先輩、岡崎朋美はうなだれる大津に笑顔でこう言ったそうだ。
 「オリンピックで記憶に残る選手になれて良かったねぇ!」
 岡崎にも取材をすると、その時かけた言葉の理由を、笑いながら振り返った。
 「確かにメダルは逃しましたが、それもオリンピックならではなんです。ベストは尽くしましたし、五輪のアクシデントを責めるのはおかしな話です。だから、記憶に残る選手になれて良かったね、と言ったと思います」
 もちろん、帰国してから別の言葉で励まし共に練習を続けた。あとわずかで転倒して初種目のメダルを逸した大津と、「アクシデントはオリンピックならではなんだ」と腹を決め、その中でベストを尽くせたかどうかなのだ、と言ったオリンピック百戦錬磨の岡崎。先人のこういう女性アスリートたちが、アクシデントを、自分を乗り越え、冬季五輪の歴史を塗り替えてきたのだと、高梨も知っているだろう。
 五輪で転倒、落胆救ってくれた 岡崎朋美さんの言葉」NIKKEISTYLE https://style.nikkei.com/article/DGXMZO45809850X00C19A6000000?channel=DF051220184578

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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