スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2022年2月16日 (水)

ノルディック複合個人LH・渡部暁斗 金メダルと0秒6差の銅メダル獲得 W杯表彰台なしから大逆転で五輪表彰台に立った「ベテラン力」

 15日、5大会連続出場の渡部暁斗(33=北野建設)がノルディック複合個人ラージヒルで銅メダルを獲得した。今大会で、旗手を務めたベテランは14年ソチ、18年平昌五輪と2大会連続で銀メダル(ともに個人ノーマルヒル)を獲得したのに続き3大会連続でメダルを獲得。冬季五輪史上3大会連続メダルは、スノーボードハーフパイプで今大会金メダルを獲得した平野歩夢(23=TOKIOインカラミ)と並ぶ快挙。06年のトリノ五輪に白馬高校在学中の17歳で五輪に初出場してから「五輪で勝負する」ため16年重ねた経験の集大成でたどり着いた金メダルと0秒6差だった。
 金メダルのグローバク(ノルウェー)を含め、最後の直線でデットヒートが繰り広げられた。試合後のフラッシュインタビューで「最後の数百メートルをもうちょっと頑張れば良かったのにと思うのですが、走っている最中は精一杯だった。最後は(力が)残っていなかった」と答えていた。しかし9日の同種目では7位に終わり、5大会出場でも18年平昌五輪の5位が最高だった個人ラージヒルで、最後の数百メートルをメダルにつなげた「ベテラン力」には驚かされた。

 前半飛躍(ヒルサイズ=HS140メートル)で135メートルを飛び、126・4点をマーク。トップと54秒差の絶好の位置で(5位)で後半距離(10キロ)へ臨んだ。2・5キロを4周するコースはそもそも標高が高く、アップダウンが小刻みにあり、難しい駆け引きが必要になるタフなものだ。1周目の終わりには、首位を走っていたリーベル(ノルウェー)がコースを間違え、渡部は3・5キロ地点でトップに立った。
 実は7位だった個人ノーマルヒルの後半距離では4位タイのタイムをマークしている。コースの終盤、この時掴んだ粘りを発揮できる、と、渡部はあえて自分で先頭集団を引っ張った。ラスト1周、早めに集団を引きちぎるスパートをかけ、ノルウェー2選手との直線勝負にまで持ち込んだ。気温がマイナス20度と、少しでも風を切る負担を減らすため先頭を避け、体力を温存したいところ、あえて引っ張った積極的な走りでレースの主導権を逃がさなかった。
 5度目の代表決定を果たした1月21日、遠征先のオーストリアから会見に臨んだ際のコメントが印象に残る。「先ずは5大会連続出場のご感想は?」と、日本から聞かれると、「歳を取ったなぁと思います」と、画面に向かって笑い出した。5大会連続の長いキャリアを振り返り、「長かったですね」とか「あっという間で」ではなく、「歳を取ったなぁ」と余裕漂う笑顔で表現する様子に自信が伺えた。五輪シーズンの今季、W杯最高は6位。過去2大会の銀メダルへのプロセスとは全く異なっていた。
 過去の2大会のように「自信はなかった」としても、五輪にどう挑むか、何を準備し、どの「道具」を選び調整し、当日力を発揮するか、全てを熟知する「ベテラン力」は十分すぎるほど蓄えていたのだろう。「色々なアクシデントはありますが、まぁそこはベテランの経験で・・・ハハハ」と、メダルを狙うのは最後と決めた集大成の場に、肩の力を抜いて臨んでいた。今大会を前に「金メダルで頂上からの景色を観たい」と公言する一方、「競技をもっとメジャーにしたい」とも言い続けた。五輪で多くの人に複合を知ってもらう。そこに金メダルと同じ価値を見い出そうとしたのなら、15日、し烈な争いで手にした銅メダルで、それは十分に叶ったはずだ。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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