スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2021年12月19日 (日)

「57785人が生んだミラクル+ミラクルな試合」 無観客だった五輪のメインスタジアムで起きた、奇跡の理由

 19日、国立競技場に足を踏み入れたとき、わずか4カ月ほど前、毎日30度以上の気温、独特の湿度、何より感染が収まらない不穏な状況の中、陸上競技を取材した日々を思い出した。スタジアムに満員のサポーターが詰めかけ、しかし声を出さず、美しい手拍子での励ましを送る。高揚感がスタジアムを包み、これはまるで幻のような光景なんではないか、とも思えた。新型コロナウイルス感染症の予防策に、オリンピックは原型をとどめず無観客に。世界記録が誕生しても、日本選手が活躍しても、どれほど胸を打たれるシーンに遭遇しても、東京五輪のために完成した6万人を収容できるスタジアムは静まり返っていた。観客を前にプレーをする。2年前までは当たり前だった光景が広がったこの日のスタジアムは、どちらが勝っても負けても、2年ぶりに6万人の前でプレーができるこの日の決勝を勝ち取ったという意味で「勝者」だった。
 このところ行き場を失って仕事の出番が回ってこなかった「勝利の女神」も、6万人のサポーターの登場に、久々に腕まくりをし、張り切ったように見える好ゲームだった。

 浦和は、退団が決まっている宇賀神が準決勝でゴールを奪って、1週間前、チームを決勝まで続く長い勝負の波に乗せた。
 残り7分、リカルド監督が槙野と宇賀神を投入したのは、「1点を守り切ろうと思った」(試合後の会見で)からだった。槙野をDFラインに下げる5バック気味の守備を引いて、時計はすでに90分を1分過ぎていた。天皇杯で続いた完封での優勝を浦和が描いた途端、大分が、準決勝と同じく下田のからのボールに、今度はペレイラのヘディングで同点に。片野坂知宏監督は一人天を仰ぎ、胸や頭を押さえて「先制されて厳しい展開になる中で、なんとか追いつくことができた。また川崎戦同様、ミラクルを起こすことができるかなと。選手はあきらめずにやってくれて信じられないな、と思っていた」という。
 そして今度は、槙野が90分+3分、シュートコースでヘディングを決め、アディショナルタイムに入ってから同点、浦和の追加点とミラクルが2度も起きたのは、これが本当に特別な試合だったからだ。
 片野坂監督が築いたチームは6年間でJ3からJ1へ2つのカテゴリーを駆け上がり、多くの選手が移籍する事態にも揺るがなかった。監督は会見の最後に、「大分は愛しているクラブ」と言った。スポーツは、1+1=2、ではない。それを改めて教えられた試合だった。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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