「嗅覚、でも、野生のカン、でもなかった、Jリーグ最多得点者’逆算のゴール’とは」速攻涙をぬぐった2枚のハンカチ
妻・莉瑛さん(りえ 38)に出かける前にハンカチを手渡されると、大久保は「要らんよ、ハンカチなんて。泣かんから!」と突っ返した。莉瑛 さんは「じゃあいいわよ、好きにすれば・・・」なんて言わずに、「涙じゃなくても、会見で汗もかくかもしれないでしょう?」と説得し、ハンカチを握らせて見送ったという。会見中、何度も何度も、力一杯握り締め鼻水をすすった2枚のハンカチの理由である。
「泣かん!」と意地を張った愛すべきやんちゃ坊主は、会見の冒頭、まだあいさつさえ終わらぬうちに「速攻、泣いてしまった」と、大粒の涙を、人前をはばからずにこぼした。どこかで泣くだろうとは予想くらいはした会場の記者たちも、あまりの速さに驚き、どうしていいか、静まり返ってしまった。
「20年間、苦しいことの方が多かったがそれを見せないように、と細い糸がギリギリつながっているような状態でプレーを続けてきた。自分自身、まだまだできるだろうと言われるうちに辞めたいという気持ちもあってそれが今だ、と思った」
来季も現役続行と思われていた先週、クラブ関係者さえ驚いた突然の引退表明の理由を会見でこう明かす。
自らのメンタルを「細い糸がギリギリつながっているような状態」と表現したのは本音だったろう。本人が「見せないように・・・」と言う以上、現役のうちに触れるのは失礼で、大事な何かを傷付けてしまいそうでいつも躊躇(ちゅうちょ)した。よく言われた「何でそこに?という嗅覚の持ち主」「一瞬の隙を逃さない野生のカン」などいったあいまいなものではなく、ち密な計算と絶えることのないゴールへのイマジネーション、それこそ細い糸で神経が張り巡らされているかのような繊細さこそ、191ゴールプラスの原動力だったとに思う。
まだスポーツ刈りのヘアスタイルで国見からC大阪に入り、第1ステージ5節磐田戦でリーグ戦初得点を挙げたのを、「今でも(自分がサッカー選手としてやっていけると思った試合として)思い出す」と、この日の会見で最初のゴールを振り返った。実はこの試合前半、磐田の田中誠と口論になり両者にレッドカードが提示され退場処分を受けた。「ピッチでの自分を表現した」最初のレッドカード、原点の試合でもあった。
会見では「自分はもともとFWではなかったので・・」と、国見高校時代にはMFだったキャリアをあげた。受け手としてより先に、出し手として何を選択し、どうパスを出すかを相手の立場になって考える「逆算してゴールを取った。野性と言われたが、実は本当に、すごく考えていた」と、自分の本当の「武器」を最後に明かし、誇らしげだった。
これだけのゴール数と警告数の多さ(トップの104枚)、感情、特に怒りをあらわに相手選手に食ってかかり、時に審判にも不満をぶつけ、暴言を浴びせて退場していく姿、ゴールで一瞬にして全てを喜びに変えてしまう。今、大谷翔平に集まる模範的で紳士的なふるまいへの称賛とは対照的に、優等生などでは全くなく、目標の意識改革の「マス目」も書かなかっただろうし、「子どもたちの手本になどしないほうがいいだろう」と自ら苦笑いするようなストライカーに、相手選手、ファン、サポーター、メディアも、時にはバトルをした審判まで、どうしてこれほど深く魅了されてきたのだろう。
ある審判も大久保に「動きが全く読めず、付いていけないストライカーだった。まだできるのに・・・」と声をかけてくれたという。
サッカーへの深い思いに涙があふれ、子どもたちのエピソードを披露し、「目標はゴルフ90切り」と会見場を笑わせる。そして森島社長や西沢氏(現在エージェント)からの花束には恥かしそうに恐縮する。会見が終った時、ユニホームは着ていなかったけれど、これも、大久保嘉人というストライカーが、喜怒哀楽を、全身全霊を込めて表現した「ゴール」だったと分かった。今シーズンはまだ2試合が残り、天皇杯で準決勝に進出している。
「まだ、日本のチームでタイトルをとったことがない。最後のチャンスがあるので、絶対決勝まで行ってセレッソのメンバーやスタッフ、関係者の皆さんと優勝して喜べたらいいなと思う」と、厳しい勝負の顔をのぞかせた。指導者としての未来も視野に入っている。