スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2021年10月20日 (水)

体操世界選手権(北九州市)「これがスポーツのあるべき姿・・・」内村航平意地の着地 有観客に感激し観客席にシャツを(暫定3位)

20日=福岡県・北九州市 北九州市立総合体育館 体操の世界選手権男子予選3班に日本男子が出場、種目別鉄棒では内村航平(32=ジョイカル)が、14・300点をマークし、3班の終了時点で暫定3位となり、上位8人による24日の決勝進出圏内に入った(※8班全て終了し5位で決勝に進出決)。東京五輪個人総合金メダリストの橋本大輝(順大)も6種目合計88.040点で、前日行われた(19日)予選で、暫定トップに立っていた21歳の張博恒(中国)の87・897点を上回り首位に立った。
 内村は演技途中、東京オリンピックで落下のミスにつながったひねり系の技を佐藤コーチの助言であえて抜き、6月の代表選考会で五輪代表に決まった全日本種目別選手権以来ほぼ4カ月ぶりに、演技通して着地。演技後の会見で、「良かったのは1個もない。離れ技も近かったし、アドラー系も倒立が外れて・・・意地を見せたというか、どうなっても落ちない、やりきるというのが演技として出せただけ」と、厳しい自己採点をした。H難度の大技「ブレトシュナイダー」は成功、直後に肘が曲がったほかは離れ技をすべて成功させた。
 五輪後の9月にはシニア選手権(山形)に出場しているが、その際は着地でミスをした(14・133)。「修正してきても演技のトラウマは拭えない。(佐藤コーチから)1回ちゃんと抜いて、予選通過することを大事にやった方がいい、と言われた。本当に優秀なコーチだなと思う」と、五輪後のプレッシャーやストレスから体調を崩してまで、自分のために体操と向き合っているコーチの言葉を重く受け止めたという。
 意地の着地には、有観客試合の大きな力もある。「お客さんが入ったなかで本物の大会がやっとできた。これがスポーツのあるべき姿だな、と。
もう、これ(お客さんに拍手を受けるのが試合)だよな」との感激から、演技直後には初めて客席に向かってサイン入りのTシャツを投げ込んで、場内もさらに盛り上がった。
 代表に配布されたシャツ数が思いのほか多く、「なんか使えるかなと、サイン書いて客席に投げ入れたらおもしろいんじゃないか。(北九州は)生まれ故郷だし、有観客だし、しっかりと(ファンサービスを)やらなければいけない」と、2つの理由から地元での世界選手権での深い感慨を形にした。
 投げ込まれたシャツは複数のファンが必死で掴んだために、観客席ではジャンケン大会で「勝者」を決めるなど、スタンドにも選手と共有する高揚感が戻った。ジャンケンを勝ち抜いた女性は県内から観戦に来たといい「こんな感激を得られるなんて本当にうれしい。体操に詳しくありませんが、私たちにとっては出た点数よりもずっと高い、いい演技を見た気がしました」と、改めて内村に拍手を送っていた。
 24日の決勝進出が叶えば、橋本大輝(順大)と鉄棒で直接対決の舞台も整う。「(有観客のなかで演技できたことで)ぶっちゃけそれだけで良かった。決勝は、結果は気にしない。大輝と一緒に最後の最後、盛り上げられたらいい」
 ブレッドシュナイダーの成功や着地で評価される点数だけではなく、時代をいくつも作り、乗り越えた自分にしか達成できないもの、残せない記憶とは何か。24日の内村が全身全霊で表現するテーマなのだろう。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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