スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2021年9月 3日 (金)

「誠心誠意尽くして準備し、全身全霊でプレーした」オマーン・イバンコビッチ監督の徹底した日本対策の前で必然の1敗

 試合前から吹田スタジアムには、傘をさしても意味のないほどの激しい雨が降り続いた。濡れながら、以前オマーンの代表チームが「雨の中で試合をしたことはないので困る」と話していたのを思い出した。そして、もしかすると日本に恵の雨になるか、と思った。しかし試合が始まってすぐ、雨は依然激しく降り続いていたが、こういう「皮算用」が一切通じないのが、アジアの最終予選ではなかったか、とも思い出した。5大会も(02年は開催国枠で出場)最終予選を取材すれば、しかもその1つがジョホールバルだったとすれば、記者だってそれなりの「経験値」を得るものだ、とは言い難いほど、いつもドタバタ一喜一憂してきたのだが・・・。  
 試合が始まってすぐに、今夜は勝ち点1で良しか、と思った。立ち上がり、日本がボールを出せずに中盤から逃げる場面を見て、オマーンが日本に対して引くどころか、高い位置からのプレスを果敢にかけて、勇気溢れるプレーを続け、最近の試合では強いプレッシャーを受ける機会のなかった日本を混乱させていると分かったからだ。
 イバンコビッチ監督は試合後「日本はびっくりしたと思う」と戦術を明かしたが、まさにその通りだった。GKから丁寧にビルドアップを続けるオマーンに、日本はチャンスを奪えない。さらに、セルビアで長い合宿を行った意味は、伊東がボールを持つと必ず2人で潰しに走るDF、サイド攻撃を徹底して封じて中央でボールを奪うリスクマネージメント、また後半も、堂安と久保のラインが完璧に抑えられたシーンに象徴された。日本のストロングポイントを徹底的に研究し、それを実行に移すのに、苦手な雨は関係なかった。日本に恵の雨、ではなくて、オマーンが雨を利用した。
 監督は「歴史的な勝利だ。この試合に向けて全身全霊で集中し、誠心誠意尽くして戦った結果」と、高揚した様子で話し「もちろん雨は大問題だった。しかし戦術を微調整して対応した」と胸を張った。日本が五輪を開催し、メダルを狙っている間に研いだ牙は実に鋭かった。公式戦で日本に初めて勝とうと準備したオマーンが勝ってもフロックではない。

 一方日本の問題点は、失点のシーンに象徴される。吉田が一度はヘディングでクリアしたボールを、遠藤が繋げられずに相手にボールが渡ってしまう。ここから右サイドのワンツーで突破され、クロスの前にも距離を詰められなかった柴崎、ゴール前で飛び込んでくるアルサビに付ききれずボールウォッチャーになった植田。これほどキャリアのある選手たちでも、足が動かない、判断が遅れる、集中が途切れる、試合の締め方に戸惑う。最終予選は、そういう独特な重い空気が、常にピッチのどちらかのチームに襲いかかる。1日に行われた森保監督の会見でも、「経験があるかないか」が焦点になる質問があったが、経験があってもなくても最終予選に関してはさして関係がない。ベテランも大きなミスをするし、初出場の選手が決定的な仕事をするシーンもあった。ハリルホジッチ監督がUAE戦を落とした時のメンバーは、歴代の代表でももっとも経験が豊富なメンバーが揃っていた。
 森保監督は「いい緊張感を持って入れたと思うが、(失点のシーンも含めて)セカンドボールを拾えなかった。(中国戦まで)時間は短く、できることは限られているが、その中で最大限、今できる準備をして臨みたい」と試合後話した。中立地帯、といいながら、何故かカタールで行われる中国戦(7日)も、厳しい戦いになるのは必至だ。オマーンと同じように、牙を研いで日本を待っているに違いない。監督にも、選手にも申し訳ないが、この敗戦が最終予選を象徴する。こんな1敗で下を向いたり、チームがぎくしゃくして不協和音が生じるようなら、W杯ベスト8など夢のまた夢、もうあきらめた方がいいだろう。
 代表は3日朝方の便で、カタールに向かう。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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