スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2021年7月31日 (土)

「挙手して、自分で決めてやるという思いを尊重」異例の立候補PK戦 PK戦でニュージーランドを下した舞台裏

延長後半に差し掛かった頃、ベンチはPK戦を想定していた。120分の延長を闘えば、この日はそれほど多湿ではなかったが足がつるケースもある。また、スコアレスドローの緊張感を維持し続けるメンタルの負担も大きい。これらを重視して、ベンチがPK順を決めようとするところ、森保監督は別の判断をした。選手たちにPKを立候補させるという異例の作戦だ。

 手をあげた上田綺世は、今チームが森保監督のもとスタートした2017年10月、タイで行われた国際大会でPKを外していた。2番目に蹴った板倉、3番目のキッカーとなった中山はともに中心メンバーで、中山は吉田麻也がオーバーエージで加わるまで主将としてチームをけん引してきた1人。そして4番目のキッカーとして試合を終わらせるPKは、吉田麻也が蹴った。森保監督は「立候補する選手の思いを大切にした。名乗り出て、勝ち切る、との強い思いで手を挙げたのはもちろん4人、5人ではなかった。上田はチーム立ち上がりで外し、このチームで決めてやるという思いだったと思うし、板倉にしても、雄太もチームを支えてきた。最後は吉田が決めて、皆がつないだ。そういうPK戦で駒を進めることができたのがとても嬉しい」と、監督は勝利と同じに、120分の死闘で掴んだ、選手たちの「思い」に充実した様子だった。この日もサイドからの崩しの形は何度もできたが、決めきれず、21本のシュートのうち枠内も4本。精度を欠いた。堂安は「ワンチームで戦えたが、得点が入らなかったのは何かしらミスがあったから。チームですり合わせる戦術以外に、個人の質もある。きょうはOFF陣がDF陣を助けてくれた。次は、こちらが助けられるように」と、気持ちを切り替え、前を向いた。中2日の過密日程で重要なのは、疲労の回復とメンタルの緩急。森保監督は今大会が(30日までで)金メダル17個と過去最多となった好結果や日本のほかの競技についても、時間がなく観ていないという。それどころではない。そんな実直さが伺えた。

 会見終了時、監督は報道陣に向かって両手で〇を描いて見せた。「全員の力で勝った」そういう意味の〇だった。


「ヒーローになって来い」好セーブの谷を送り出した川口能活の激励

 120分を終えてPK戦に入る際、川口能活GKコーチが、メモを見せながらGK谷と話していた。相手キッカーの情報を色々と伝えたようだが、谷には情報をすべて覚え対応するのは難しかったという。「最後は、お前の判断を信じてやればいい。ヒーローになって来い、と言ってもらった」と谷は試合後落ち着いた様子で話した。120分を戦い抜いた後の難しい局面、谷は2本目のキックを右に飛んで止め、勝利の流れを引き寄せた。
 フランス戦に4-0と大勝した後、メキシコ五輪について聞かれると「ちょっと分からない」と答えたが、「自分たちが歴史を塗り替える」と強い気持ちを表現していた。1試合ごとに力を付けているように見える。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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