スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2020年12月 5日 (土)

「自信という名の驚異の魔法」陸上日本選手権で五輪に内定したランナーたちの圧倒的自信

 一日に2つの日本記録、それも新谷は18年ぶりに30秒近く、相澤は自己記録を30秒以上も更新するとてつもない記録を見ながら、今年がコロナに見舞われた大変な1年年だったことなど一瞬忘れかけてしまうほど圧倒された。コロナ禍での延期によって、異例ともいえる12月に開催された日本選手権の長距離種目の五輪をかけたレースは、気温が12~13度と、本来ならば長距離にとって絶好の天候だった点もプラスに働いたのだろう。
 新谷は、2位でマラソン代表の一山麻緒(ワコール)以外全員を周回抜きし、相澤も3人が日本記録を更新する超ハイスピードレースを制するなど、日々の練習を思う存分に発揮する様子にトップアスリートたちの矜持を見た思いがする。
 
レース後のコメントで、印象に残ったのは、5000㍍をラスト200㍍のスパートで制した田中希実、新谷、相澤3人に共通していた「自信」だ。スポーツで出てこないシーンなどない自信は、この晩、魔法と同じような響きを持っていた。
 相澤は10月に待望の27分台に入ったばかりだった。27分55秒から1か月半、日本記録を上回る五輪参加標準記録27分28秒に照準を合わせる。自己記録を大幅に更新しなければならない状況下でも、相澤は「時間はある」と思っていたと、レース後明かした。ケガをしているなかでの55秒台にむしろ自信を深めた。以前にはできなかった1週63秒まであげて押す練習を充実させれば五輪にも日本記録にも届く、「このスピードが当たり前なんだ」と言い聞かせたという。「一番注意していたのは自分の気持ちの面でした。11年以降の1万㍍の歴代優勝者が全員出場しているレースで、(気おくれして)負けてしまうんじゃないか、ダメだろうとどうしても思ってしまう。自分が勝つんだ、内定を取るんだ、と、勝ってインタビューを受けたり、ゴールして喜んでいるシーンをずっと頭に浮かべていました」と照れた。レース後の記者会見は、箱根駅伝以上の人数で「貴重な体験です」と笑った。
 新谷は、「引退した(25歳)当時は、信用し信頼できる人がいなかった。すべてを自分でやり1人が当たり前だと思っていた。今、そういう人たちが自分の回りにいるのかいないかでこんなに違う」と、隣の横田コーチの顔を伺った。結果を出すのは自分の仕事と言い切る自信は、8年前、ロンドン五輪に挑んだ頃にはなかったものだとも話していた。
 プロテニスの伊達公子氏も25歳で一度引退し12年を経てカムバックしている。休養期間は、ほかの選手との比較ではなくて、自分がどう競技に取り組むかを固める時間になるのかもしれない。
 田中は「1人で練習に耐えしのんだ、自分でやってきた自信はあった。プライドや責任感プラス周囲の方々の思いで耐えられたんだと思います」と、レース後意識がもうろうとしていたと全力を出し切れたレースに満足そうだった。
 自信という名の魔法を振りかけたようなトップランナーたちのレースは、3040人と詰めかけた陸上ファン、テレビで観戦したスポーツファン全ての人々に強く、ポジティブな力を見せてくれた。真冬のトラックは想像もつかないほど熱かった。

[ 前のページ ] [ 次のページ ]

このページの先頭へ

スポーツを読み、語り、楽しむサイト THE STADIUM

増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

最新記事

カテゴリー

スペシャルインタビュー「ロンドンで咲く-なでしこたちの挑戦」