スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2020年9月13日 (日)

なでしこのレジェンド荒川恵理子 最年長ゴール記録更新中、40歳のストライカーの背中を見よう

12日=都内ほか サッカー女子のプレナスなでしこリーグ1部は東京・味の素フィールド西が丘などで行われ、2位の日テレは、3位のINAC神戸に1―2で敗れ、勝ち点19のままで2位に。首位・浦和が勝ち点を24としたため、日テレと神戸(勝ち点17)が追う。神戸は前半5分に田中美南、19分に岩渕真奈と前半2ゴールを奪って逃げきった。新型コロナウイルスの影響で開幕できなかったなでしこリーグは、約4か月遅れて7月に開幕し、今節で(13日も含む)、全18節の半分が終了する。11月まで行われる。
この日は、なでしこジャパン・高倉麻子監督も視察に訪れ、今秋の国内合宿に向けて準備も始まっている。そうした中、8月、自身の最年長ゴール記録を2度も更新した40歳のレジェンドストライカーを取材した。間違いなく、真夏のMVPだ。

カズはすごい。でもがんちゃんもすごい 

8月16日、なでしこリーグ2部第5節が埼玉の「NACK5スタジアム」で行われ、来秋開幕する女子プロサッカーリーグ「WEリーグ」への参戦を表明している「ちふれASエルフェン埼玉」(ちふれ)が「ニッパツ横浜FCシーガルズ」(ニッパツ)と対戦し、スコアレスドローで引き分けた。Jリーグ同様、新型コロナウイルス感染拡大防止策で、スタジアムへの入場制限がされているため、この日の観客は285人。しかし後半残り6分、おなじみのアフロヘアのストライカーが交代すると、両チームのファンたちからひときわ大きな拍手が沸き起こった。ちふれの荒川恵理子(40)は、17歳下のFWと交代しピッチに駆け出した。
スタンドのファンからは「(53歳の)カズは本当にすごい。でも、がんちゃん(荒川のニックネーム)もすごい。この暑さの中で走るんだから」と、19時を回っても30度を下らず、湿度も60%超という悪条件下で、抜群のキレ味を見せるベテランを称賛する声も。この日ゴールは奪えなかったが、9日の「オルカ鴨川FC」戦では、後半79分に交代すると4分後にゴールを決め(試合は2-2)、40歳284日のリーグ最年長ゴール記録を樹立。2年前に作った38歳363日の最年長ゴールを自ら更新し、24年目のシーズン序盤5試合で勢いに乗っている。8月29日にもゴールを奪った。酷暑と言われる今夏、常にコンディションを維持し、スタメンに選出されるだけではなく、ベンチでいつでも出場できるように戦況を見つめている。
Jリーグでは13年ぶりにJ1復帰を果たした横浜FCでカズ、三浦知良が最年長記録の更新を続けている。こちらも高温が続く8月に入って、5日には(ルヴァン杯鳥栖戦)先発して60分出場し、連戦となる1週間後の12日(同札幌戦)も先発し、自らの最年長出場記録を塗り替えた。カズに比べれば報道されていないが、最年長ゴールを奪う女子サッカー界のレジェンドに、枯れない秘密を改めて聞いた。

体力テストでチームトップの数値に 衰えぬ秘密とは チームNO1の測定値

サッカー日本女子代表が、「なでしこジャパン」と呼ばれ、親しまれるきっかけとなった試合がある。2004年アテネ五輪出場枠をかけたアジア最終予選の北朝鮮との一戦だ。1996年アトランタ五輪から正式種目となり、日本は、アトランタに出場したものの次のシドニー五輪出場は逸し、もし2大会連続で五輪に出場できなければ、女子チームの解散に歯止めがかからない。まさに「崖っぷち」に立っていた。
当時24歳の荒川は魂のこもったプレーで、9年間勝てなかった北朝鮮から先制ゴールを奪うと、チームもアテネ五輪出場権を獲得。この試合の盛り上がりをきっかけに、日本サッカー協会の当時会長だった川淵三郎氏ら関係者が「女子チームに愛称を付けて親しんでもらおう」と、「なでしこ」と命名した。
自らのゴールで時代を突破してきたストライカーは、近年ケガに苦しみ出場機会を失った。昨季終了後には、引退を含めて、今後のキャリアについて色々と考えただろう。これからは若手をけん引する仕事も求められる。
「年齢については考えたことがないんですね。12歳で、(ベレーザの下部組織)メニーナに入ってサッカーで上を目指して以来、なぜかずっと14歳で止まっている感じなんです。私にとって年齢はただ数字が並んでいるだけで。30歳を超えたらガクッと来た、など体験談は聞いていましたが、疲労が抜けない、といった感覚もあまりなく、このところ続いていたケガさえまさに功名というか、いい方に作用してくれたような気がします」と笑う。
一昨年、太もも裏の付け根付近が慢性的に痛み、思いきり走る動作ができなくなったという。そのうえに昨年はひざを痛めて満足な練習が積めなくなった。しかしこの長期休養が、体に変化をもたらし、昨年後半からはコンディションが右肩上がりに転じた。
開幕前、ジャンプと瞬発力の測定をしたところ、ともにチーム1番の数値をたたき出しし、年齢が半分ほどの若手に驚かれた。
30代に入って経験したすねの疲労骨折も、長いキャリアにつなげた。骨折からのリハビリ中に、断食療法にチャレンジ。また食事にも工夫をし、緩やかな「グルテンフリー」(小麦粉を摂らないようにする)を取り入れる。長年かけて、自分のコンディションを把握し、維持できるようになったという。

生涯憧れの2人の存在も励みに


10月に41歳になろうという今、読売ベレーザ時代からの大先輩で、来年の東京五輪を目指す高倉麻子・現なでしこジャパン監督にまつわる話をふと、思い出すという。

「高倉さんが30歳で現役だった姿を、19歳の私とチームメートで、高倉さんってすごいよ、あと11年後、私たちあんな風にプレーできないもの、と遠くから憧れていましたね。だからもし30近くなって、ちゃんと走れていないとか、DFに振り切られるとか見たら、お互い正直に、もう衰えているよ、と指摘し合おうね、と約束したんです。でも、気が付いたら、30歳の高倉さんを見てから21年経っていました」
サッカーを楽しむために全力を尽くす。荒川のユーモアもその一部だ。ベレーザ時代には、同じグラウンドで全盛期のヴェルディを見ている。カズとは練習場で、ただスレ違うだけでもうれしくて、勇気を振り絞って記念撮影を頼んだこともある。中2になって、カズと同じ背番号11をもらった時には大喜びした。

「どうやったら、あんな風に長くプレーできるんだろう、といつも考えています。憧れは変わりません」と、10代から見ていた背中に心からの敬意を示す。

来年のプロ化のシンボルに。ほかのベテランも奮闘

埼玉の狭山、飯能、日高をホームタウンとする「ちふれ」は、化粧品メーカーとして女性の活躍に積極的なサポートを惜しまない。荒川のほかにも、11年W杯優勝メンバーのGK、山郷のぞみ(コーチと福元美穂、また、天才レフティと呼ばれた伊藤香菜子(昨季引退)は下部組織でコーチを務める。
来秋のプロ化への参加申請を7月31日までに終えており、荒川の存在は、プロ化にいなくてはならない11年W杯優勝メンバーたちにとっても大きな目標だろう。オルカ鴨川の近賀ゆかりは36歳、安藤梢も38歳(浦和レッズレディース)でプレーを続ける。
女子プロテニスの伊達公子は17年、46歳まで現役を続けた。96年に一度引退し「12年ものブランクがあったからこそ、復帰もできたのかもしれない」と、女子アスリートにとって環境の変化や時間は必ずしもマイナスではないという好例を示している。
女子マラソンの有森裕子も40歳まで競技者としての生活を続けるなど、女性アスリートにとって「40歳の壁」は決して乗り越えられない障害ではなくなっている。そして、彼女たちがライフプランと並行したキャリアを長く、変わらずに重ねていけるスポーツ界、社会を作るひとつのきっかけに、来秋の女子プロサッカー「WEリーグ」にぜひ力を発揮して欲しい。

かつて、西友のレジ打ちのアルバイトをしながら世界を目指し、苦難の時代の女子サッカーを支えてきた荒川は、女子プロサッカーをけん引するシンボルになる存在だ。試合を終えると、チームは競技場から一端バスで飯能のクラブハウスへ移動して解散する。体をケアして、クラブハウスを出るのは午後10時半を過ぎになる。荒川はそこから都内の自宅へ自分で車を運転して帰る。サッカーを真ん中に据えたこういう生活は、今年24年目に入った。(8月 朝日新聞論座に加筆)

 

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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