スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2020年3月 8日 (日)

「よぐけっぱったね・・・福士」日本女子長距離界をけん引した福士加代子、途中棄権で五輪出場逸すも、東京五輪へ3度挑戦の忍耐光る

 名古屋にかけるために、1月の大阪を棄権したベテラン・福士加代子(37=ワコール)は、またも棄権に泣いた。30㌔を通過して棄権し、バスでゴールの名古屋ドームに戻ってきたところ、本来は控室に誘導されるべきが運営が間違って、ゴールのゲートを通過する形となった。このため一時は3時間2013秒の97位として速報タイムが表示されたが、バスでドームに戻っており、この日棄権した18人と同様記録はなく、14回目のマラソンで3度目の棄権となった。
 史上最多出場となる4回、今回の東京で5回目の五輪を狙っていたのだから(トラックの可能性は消えていないが)どれだけ落胆しているかと想像する。昨夏のMGCで6位と敗れたが大阪での再戦を決意。さらに1月の棄権から1か月ほどで名古屋と、半年で3回の、それも代表選考会をかけての3レースに挑んだだけでも、オリンピックへの思い、気持ちの強さを表現する長い、長い挑戦だったはずだ。
 トラックのエースがマラソンに転向する際、決して前向きではなかった。当時「耐えるのは苦手な性格。2時間なんてとても無理です」と、転向について聞かれるとよく笑っていた。08年1月、北京五輪の年に大阪で初マラソンに挑戦したが、ゴール前で転倒するなど19位と惨敗を喫した。しかし、この惨敗が、この日まで続く12年もの輝かしいキャリアのスタートとなった。津軽出身のランナーの実は類まれなる「忍耐力」が、トラック、マラソンでの成功を支えたのは間違いない。
 そこから3年9か月のブランクを経て11年シカゴで2時間24分38秒と本領を発揮すると、「耐えるのは苦手」と話していたランナーは、その重心をマラソンに傾けていった。自身5回目のマラソンとなった13年モスクワ世界陸上で銅メダルを獲得し(2時間27分45秒)弘山晴美、鈴木博美(アテネ世界陸上女子マラソン金メダル)らと並んでトラック、マラソン両方で成功したランナーにもなった。

リオデジャネイロ五輪は初めてマラソンで出場を果たし日本人では最高位の14位。ワコールの中でもリーダー役となり、若手、永山監督までも引っ張った。一山もレース後、「福士さんが練習に取り組む姿勢とかすべてがお手本で憧れだった。そういう方の存在があってオリンピックを目指してこられた」と、敬意を払った。また永山監督も「福士君がいて、私のスキルも上がった。福士あってのチームワコール。(引退など)まだ話してもいないし、これからゆっくり、福士君自身が決断すべきもの」と、尊重する。

ドームに戻った福士は記者たちにレースの話をしたかったようだが、五輪を決めた一山、そしてセカンドベストの好走を見せた安藤を考えてか、会見は見送られた。ここ数日で去就について、何か表明するのだろうか。
 トラック、マラソン両方で日本女子陸上界をけん引し、37歳までその努力を続けたキャリアは輝く。1987年、日本の女子マラソンの黎明期ともいる当時、名古屋女子マラソンで初マラソンの日本記録を樹立し2位に入り
、その後、日本最高記録(2時間29分3秒)を作った小島和恵さんは、福士と同じ青森の津軽(木造高校)出身で、小島さんの恩師が福士を五所川原工で指導した縁もある。年齢差もあり接点はないが、福士が走るレースをいつでも応援してきたという彼女に、こういう時、津軽弁では何と言うのか聞いてみた。小島さんは本当にやさしい口調と、温かい方言でこう言った。「福士さん、よぐけっぱったね(津軽弁で頑張るの意味)」

 

大会主催者を通じて発表された福士と永山監督のコメント
「本日の名古屋ウィメンズマラソン2020では、15キロ近くでレースペースをうまくつかめず、20キロまでの間でなんとか集団の中でリズムをつかもうとしたが思うように体が動かなかった。その時点で体が冷えてしまって、動きが硬くなり、心と体がレースペースに反応できなかった。途中棄権は全く考えていなかったが、自分の思ったようなレース展開をつくれなかったため、自分自身で判断して30キロで棄権を選択した。今後に向けては、一度リセットした上で、冷静なプランを考えたいと思います」

 

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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