スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2019年12月 4日 (水)

ビーチサッカー日本代表14年ぶり4強を果たしたW杯から帰国「胸張って、素敵な国日本に帰ろう!」脳梗塞から復活したラモス監督選手称賛

4日=成田空港 ビーチサッカーのW杯パラグアイ大会で2005年以来のベスト4進出を果たした日本代表が帰国した。16年末には脳梗塞で倒れ、一時は車椅子での生活を宣告されたラモス瑠偉(62)が奇跡的な復帰を果たし、18年2月に3度目のビーチサッカー日本代表監督に就任しての快挙となった。成田空港には、日本サッカー協会の田嶋幸三会長も駆けつけ、到着が遅れるなかでロビーに立ったままラモスを迎えると、2人ががっちり抱き合って涙ぐむシーンも。
 日本は初戦、開催国のパラグアイに完全アウェーのなか勝利し、その後もアメリカ、スイス、準々決勝でウルグアイとランキング上位の各国に連勝。大会中にチームが成長を遂げて迎えた準決勝ポルトガル戦では一歩もひかず、大会優勝国に2度追い付く気迫のこもった試合を展開。PK戦で敗れたが、大会MVP(ゴールデンボール賞)に、優勝、準優勝国ではなく、7得点と大会タイのゴールをあげた日本代表キャプテンの茂怜羅(モレイラ)オズ(33=東京ヴェルディBS)が選出されるなど、日本ビーチの存在感を世界に示した。
 ラモスは、途中選手がなかなか力を発揮できなかった時期2度、退任を考えたという。「選手のお陰でとどまった。新しい歴史を彼らと作りたかった。決勝に行けなかったのは選手も私も悔しいが、優勝した、本当に強いポルトガルにあれだけの試合をした。そしてベスト4なのにオズがMVPに選ばれた。選手に、胸張って素敵な国日本に帰ろう、と言った」と選手を称えた。またオズは、「ベスト4に入った時に優勝は見えた、と思った。ラモスファミリーで戦えた」と、トロフィーを胸にチームメイトに感謝した。次回2年後の開催国でもあるロシアやイタリアもプロリーグを持ち急激に成長。2年後の決勝進出を狙う上で環境整備が急務だ。ラモスも「環境とモチベーションをどう維持していくかが本当に難しい」と、課題をあげた。

 監督の去就は今後、強化委員長である北澤豪氏を中心に大会の結果を分析し、監督の健康を最優先に検討される。田嶋会長は「本当にいい戦いをしてもらい感謝の気持ちで一杯。ラモスとビーチサッカーが体現してくれたジャパンウェイが、他のカテゴリーにもいい影響をもたらしてくれるはずだ」と、ラモスの功績を絶賛した。

 会見が行われた成田空港の会議室前では、ラモスが、チーム解散の際、「ニッポン、ニッポン!」と手拍子の代わりに壁を叩いて選手を送り出していた。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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