「プレスセンター」の4倍の広さだった「メディカルセンター」が象徴 過酷を通り越す残酷なレースは誰のため?
レースが行われた海沿いの周回コースには、スタジアムのメインメディアセンターとはまた別のマラソン取材専用の「プレスセンター」が設置されている。しかし、今大会のロードレースの危機的状況と、それを何とか払拭しようという大会側の威信を象徴するように、プレスセンターのほぼ4倍の大きさで「メディカルセンター」が作られており、組織委員会担当によると万が一のための救急車が3台、コース内での処置を迅速に行う電気カート3台、点滴台のついた車椅子10台、点滴処置ができる簡易ベッ5台、看護師を含めてドクター20人が待機していたそうだ。
「万全の態勢だ」と担当者は力を込めたが、そもそもこれほどの医療体制をゴール地点で必要としなければスタートできないロードレースのに疑問を抱く。5㌔19分を切る超スローペースで互いを引っ張り、消耗を最小限とする戦術を立てた日本女子3人のうち、谷本は7位に入賞。「5周目くらいがキツかったが、武富監督の‘粘れ!’の声が聞こえた。シューズももう(汗と水分補給で)ビチャビチャになって気持ちが悪かったけれど(あの声で)焦らず粘れた」とレースを振り返る。谷本が記者の質問に答えるために立っていた場所には円を描いて、大きな水たまりができていた。
9月だけでMGCに2人(前田穂南と小原怜)世界陸上1人と3人をトップ大会に出場させ全員「入賞」の大成果を収めた武富監督は「2度とこんなマラソンを走らせたくない」と笑顔でコメントしたが、本心だろう。
1991年東京で世界陸上が開催された頃、9月1日のマラソンを表現するにあたって「酷暑マラソン」といった単語がメディアに登場した。以後バルセロナ五輪、アテネ五輪な気温の上昇で「酷暑」マラソンは何度もあったが、今回の問題は湿度。日没後も湿度は70%を越え、日によっては90%に達している。28日深夜(日本時間29日早朝)行われる男子50㌔競歩の鈴木雄介は「サウナで練習しているかと思った」と明かす。
組織委員会側が突如発表した「WBGT」いわゆる暑さ指数にも疑問が残る。これは米国の軍隊などで70年代に研究され、熱中症を引き起こす指数として導入されたもの。気温、湿度のほか、輻射熱(ふくしゃねつ)を含めて熱中症を予防するための目安だ。輻射熱を高くする要因は湿度で、建物、地面、空気、もちろん人体からも熱が発せられ、それを放射できなくなるため熱がこもって熱中症につながる。この数値が28度を超えると、熱中症患者が急増するとされる。今レースのWBGT29・5度は、熱中症の危険が高く激しい運動は禁止されるレベル。8月、東京で行われたトライアスロンのテストイベントでは、早朝にメディカルの会議が行われ、距離の短縮、スタート時間の繰り上げや暑さが主要因ではないが(汚染水)、トライアスロンを「デュアスロン」の2種目に変えてまで選手の健康を守ろうとする姿勢に比べると、陸上の判断は時代遅れで、過酷さになにか特別なドラマを求めているかのようにさえ受け取れる。
ケニア勢や上位選手、また谷本や日本選手の粘りには敬服するばかりだが、地球の異常な温暖化が指摘されるなか、屋外で、そもそも過酷さに挑むようなロード競技が、過酷を通り越して、「残酷」になっているのではないかと改めて考えさせられる42㌔だった。気象条件でロード競技を中止する。そういう決断を理論的に行える組織、判断材料が必要な時代だろう。