スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2019年9月 6日 (金)

「時間を稼ぐベトナム選手を、‘早く立て’と叱ったタイ代表西野監督、気合の初陣」

 水色のシャツの腕をまくる「いつもの戦闘服」姿で、西野監督はタイ代表としての初指揮を執った。引き分け狙いで隙あらばと引いてカウンターを狙うベトナムに対し、序盤こそホームでのライバル戦に浮き足だったものの、チャナティップ、ティティパン、ティーラトンとJリーグでプレーする3選手を中心に徐々に流れを掌握。後半は決定機を何度も作りながら「得点力が足りていない」と、前日会見で西野監督が漏らした通り、決め切れずスコアレスドローで終わった。
 しかし、ぶっつけ本番のような準備態勢にも関わらず、相手を振り回そうとポゼッションをあえて重視し(61%)、成功したパス429本、シュート13本と、始まったばかりの2次予選に道筋は見えたようだ。
前日の会見では選手に「もっとアピールをして自分を出してもいいと思う。先輩後輩の関係は大事だが、そこはサッカーだから主張して欲しい」と、タイ代表選手の謙虚で上を敬う姿勢に変化を求めていた。この日、後半残り時間が減るなか、ベトナム選手が明らかな時間稼ぎに倒れた。すると西野監督は珍しくサイドラインのギリギリまで倒れている選手に近づくと、監督によれば「早く立てよ」と言った。その様子に「悪質なタックルを受けたからなのに」と、激怒したベトナムベンチから、韓国・朴監督を始めスタッフが一斉に飛び出し、西野監督とタイベンチを挑発する「一触即発」のシーンも。この場面を引き金に、逆に朴監督がイエローを受けた。
 試合後 西野監督は「時間稼ぎばかりしているからちょっと言っただけで、ちゃんと水もあげたんだけれどね」と振り返ったが、珍しくピッチに足を踏み入れんばかりの勢いで相手選手を叱ったのは、タイ選手へのゲキでもあったのだろう。最後まで諦めずにスライディングし、体を張ってボールを追うタイの選手たちについて「よく戦ってくれた。ああいう気持、姿勢が勝負を分ける。大きな可能性を感じる」と手応えを嬉しそうに口にした。
 タイでの単身生活もG大阪時代と同じように、その土地での生活を楽しんでいる。タイのマーケットに1人足を運んで食材を入手し、自炊する。G大阪時代には時間ができれば京都・奈良を訪ね神社仏閣めぐりを趣味としたように、タイでも早速「巡っている」という。合宿でも選手と同じタイ料理を食べ、自分に日本食を出さなくていいとチームに伝達。「郷に入りては郷に従う」西野流の溶け込み方は想像以上に早い。通訳は、タイで日本企業に勤務した経験を持ち、3週間前からはタイのチョンブリでGMを務めるなどタイに10年以上滞在しタイサッカーと日本の橋渡しをしてきた小倉敦生氏が、西野監督のサポート役にも加わるなど、独自のチーム色をも生み出している。
 次戦の10日インドネシア戦はアウェーとなる。「微修正をしながらリスクを取ってでも勝ち点3を取りに行く」と、中4日でのアウェー戦に気持ちを切り替えた。5日は、本田圭佑が実質上の監督を務めるカンボジアが1-1で引き分け、吉田達磨監督率いるシンガポールも引き分け、日本人としてアジアの指揮を執る監督3人が奇しくも引き分けでスタートを切った。どの結果も、日本代表のパラグアイ戦の結果ももちろん気にしてみていたのだという。
「まだまだ先は長いけれど、いいチームになれる。きょう感じた思いを忘れずに戦っていく」
選手のタフさに西野監督の情熱や勝負運が混じって、どんなサッカーが生まれだろうか。

[ 前のページ ] [ 次のページ ]

このページの先頭へ

スポーツを読み、語り、楽しむサイト THE STADIUM

増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

最新記事

カテゴリー

スペシャルインタビュー「ロンドンで咲く-なでしこたちの挑戦」