スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2016年8月10日 (水)

リオ五輪特集 体操・内村悲願の団体金メダル 「3大会を登山に例えると・・・」3度目五輪で新たな「頂上」を見据えていた稀代の選手 個人総合連覇へ

 10日リオデジャネイロ午前=日本時間10日午後  マナウスでのサッカーからリオに入ると、いつもと同じように、あの人の言葉が頭に浮かんだ。五輪取材に入ると必ず噛みしめる重い言葉だ。選手ではない自分にも。柔道60㌔級で、アトランタ以来3連覇の偉業を果たした野村忠宏(ミキハウス)は、出場できなかった08年北京五輪に本当に1人でふらりとやって来た。出場しない五輪になど興味はない。そう言うと勝手に思い込んでいたので驚いた。「4年に一度のオリンピックの空気を、やっぱり吸い込んでみたかったんです。感動だけじゃなくて、怖さとか苦しさとか、自分の弱さとか・・・あそこに4年に一度行かなければ、絶対に分からない感覚が甦るんです」4年にたった一度しか味合えない、姿勝ちも得体のしれない空気のような存在だからこそ、「魔物」と呼ばれるのだろう。

内村航平(27=コナミスポーツ)も4年に一度の空気に当初苦しんだ。アテネ五輪以来の金メダルを狙い、自ら「予選通過1位が絶対条件」とまで目標を口にしていた団体総合の予選は、自身鉄棒で落下し、チーム全体にもミスが連鎖しまさかの4位通過に。昨年の世界選手権で金メダルを獲得した鉄棒では落下し、種目別決勝には進出できなかった。しかし国内で最後の公開練習が行われた7月下旬、短いが一人で聞いた話をよく考えた。史上最強にして最高の体操選手は、大学生で初出場した北京五輪からリオまでの3大会を登山に例えてこう表現した。初めて聞く話は斬新で、どこか凄みが潜んでいた。
「初めての北京は、頂上もどこか分からずただ見上げてしまう高い山でした。ロンドンは逆に経験があるからと、目標がすぐ近くに見えた気がしました。今回は見上げることも、すぐ近くでもない場所に頂上がある感じがします」
山の高さは同じだろう。一歩、一歩どれほど慎重に踏みしめてもたどり着けない場合もある。標高のない、気の遠くなるような世界の頂上に向かって、地図なき道を4年かけてどう歩んで行くのか。内村の言葉は、孤高という場所への登山を表現しているのだと、改めて稀代の選手が目指す場所の高さに圧倒された。団体の金メダルを獲得する際の演技には、どこか鬼気迫る闘争心がうかがえた。
年令的にも体力的にも、リオが6種目全てを揃える総合で戦える最後になるのでは?とメディアに盛んに聞かれていた。しかしここリオで、何よりも欲しかった金メダルを手にして答えは出たのではないか。4度目となる2020年東京への登山を、個人総合決勝が行われる10日、内村は密かに始めるのではないか。

 

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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