スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2012年5月25日 (金)

駒澤李佳「なでしこに続いて花を咲かせるか、さくらジャパン 男女ホッケーロンドン五輪予選へ 4月25日から岐阜で開催」ロンドンで咲く-なでしこたちの挑戦(前編)

ロンドン五輪出場を決めた団体球技は、いまだ、男女サッカーだけである。北京で金メダルを獲得したソフトボール、プロ選手の出場で注目を集めてきた野球は五輪競技を外れ、バレーボール、バスケットボール(男子はすでに敗退)、ハンドボールはアジア枠を獲得できずに世界予選に回った。団体・球技がかつてない苦戦を強いられる中、4月25日から始まる世界最終予選(岐阜グリーンスタジアム、男女同時開催)で、「なでしこ」と同じく花を愛称とする女子ホッケー日本代表「さくらジャパン」が、3大会連続の五輪出場を目指す。自身も3大会連続出場を狙うエース、駒澤李佳(29=コカ・コーラレッドスパークス)は、「五輪に出ると出ないでは天と地の差」と、スティックに「さくら魂」を込めている。

(取材・文:スポーツライター 増島みどり)

 日本列島に、いつもより遅れて桜の開花宣言が出された日、岐阜県各務原市(かがみはら)にある「グリーンスタジアム」では、1カ月後の4月下旬の開花を待つ「さくら」が、強い北風が吹く中、最終調整に向けての合宿を行っていた。大学生との練習試合、長い合宿による疲労のせいか、再三押し込まれ、なかなかうまくゲーム運びができない。前半を終了すると、コーチから「ジョギングのような遅いホッケーは、日本のホッケーではない」と、厳しい声が飛んだ。静かなトレーニング風景には、しかしどこかピンと張りつめた、清々しい空気が漂っている。

 スタッフの数は予算の都合上、最小限で運営される。20数名の選手に対して、トレーナーはわずか1人。彼女たちは毎晩、抽選でマッサージを受ける選手と順番を決め、トレーナーが深夜1時まで治療を行うこともある。宿舎はホテルではなく、地元の学校を使い寝泊まりする。しかしどれほど厳しい環境でも、メディアに注目されようがされまいが、ファンが詰めかけようが1人もいなくとも、自分たちが選んだ競技を心から愛し、全力を注ぐ。笑顔はあるが悲壮感はない。今では、常に多くのメディアの注目を浴び、ファンに囲まれてしまうサッカーの女子日本代表「なでしこジャパン」の練習風景にも、ついこの間まで、同じ空気が流れていたことを思い出す。

 4月25日から同競技場で始まる男女ホッケーのロンドン五輪世界最終予選には、6ヶ国が出場し1位だけが五輪出場権を獲得する(日本、ベルギー、インドで開催)。女子代表「さくらジャパン」は現時点の世界ランキング9位と、参加国中最上位にはいるものの、安田善治郎監督(65=各務原市役所)は「ランキングは全くあてにはなりません」と表情を固くする。アテネ五輪で女子を初の五輪出場に導き、今回復帰した百戦錬磨の安田監督さえ驚く速さで女子の勢力分布図は塗り替わっているという。

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 アゼルバイジャンは、強豪国・韓国から帰化選手を大量に加えて強化をはかる。ヨーロッパスタイルのホッケーで、近年力をつけているチリ、ベラルーシも日本が苦手とするフィジカルが強く、決して侮ることができない。開幕戦のオーストリア、次戦のマレーシア戦を手堅く制して厳しい戦いが続く後半戦への弾みをつけようとスタートダッシュを狙う。

 アテネから続く3大会連続での五輪出場への手応えはある。1月、ロンドン五輪前哨戦として行われたチャンピオンズトロフィー(アルゼンチン、8ヶ国出場)では、真冬の日本から真夏の南半球で試合を行うという過酷な条件の中、持ち味のスピードと正確なテクニックを活かして世界の強豪と渡り合った。韓国戦は延長後半に4-3で突き放し、ニュージーランドとの5位決定戦も延長にもつれる中、4-3で勝利をもぎ取る驚異的な粘りを見せた。世界ランク1位のオランダ、同2位のアルゼンチン、3位ドイツ、4位イギリスに続いての5位入賞は、世界最終予選への大きな自信だ。この2試合8得点のうち、5点を叩き出したのが副将の駒澤李佳(MF)である。

 韓国戦の延長後半、ともに体力的にも限界を超える厳しさの中、韓国ディフェンスのスティックに当たり、角度が変わったボールに、駒澤がゴールラインぎりぎりで、スライディングタッチで合わせる。これがゴールデンゴールとなり、試合はドラマチックに終了。ニュージーランドとの5位決定戦に進んだ。

 安田監督は、スライディングでゴール前の混戦にも飛び込んでいく姿に、「身体を張った勇気あるプレーでチームを鼓舞する。サムライのようなプレーヤーです」と全幅の信頼を寄せる。「サムライ」という単語と、ショートカットが似合うチャーミングな姿はなかなか結びつかず、「カントク、サムライでは、さくらじゃなくて男子代表(愛称はサムライジャパン)になってしまいますが…」と笑って返すと、安田監督は重ねて言った。

 北京は、アテネを下回る結果に終わり、協会も選手も意気消沈した。ロンドンを目指して代表を再招集する頃、駒澤は「消化不良のまま終われない、もう一度オリンピックに賭けたてみたい」と安田監督に告げたという。以後、ロンドンを目指す道のりで常に「有言実行で、時に不言実行で自分のやるべきことに集中する。やはりサムライですね」と監督は笑う。ゴールキーパーは防具をするが、時速160キロにもなるホッケーのボールを追い、スティックが顔面を強打するような混戦にも身体を張って飛び込む。

「さくら」の華と、「サムライ」の心意気を兼ね備えたエースは、「私もここを、昔やりました…」と、スティックに打たれ7針も縫った頭を、笑いながらさすった。

五輪に出ると出ないでは天と地の差

――女子の団体球技で出場を決めているのは、今のところ(4月1日現在)女子サッカーの「なでしこ」だけですね。さくらも続こうと、気合いが入っているのでは?

駒澤 アテネで始まった五輪出場を、ここで途絶えさせては絶対にいけないと思います。オリンピックに出場できればいいな、といった甘い気持ちではなく、何としても行かなくてはならない、3大会続けて行くんだという強い使命感がありますね。もちろんプレッシャーは感じますが、一方では強いメンタルでここを戦い抜こうという、どこか楽しみな感覚もある。今さらジタバタしても始まりませんから、ここからは、1日、1日をしっかり詰めて行こう、と現状を冷静に分析する、そういう段階です。

――同じく花の名前を持ったなでしこジャパンの昨年のW杯優勝をご覧になって、何か思うものもありましたか。

駒澤 同じ球技で団体競技ですから、フィジカルではなかなか勝てない私たちも頑張らなくてはいけない、と強く思わせてくれましたね。ホッケーだって負けていられない、と。なでしこが一気に注目を浴びて、いいなぁ、うらやましいなぁ、ではなくて、結果を残さなくてはいけない、結果を残せばスポーツはこうなるんだ、という現実を見せてもらった気がします。

――なでしこも、3大会連続出場を決めています。2000年のシドニー五輪には出場できなかった後、五輪出場を大命題に掲げて強化しました。

駒澤 オリンピックに出ると出ないでは、天と地の差があると思います。競技をたくさんの方々に知っていただくにも、オリンピックは大きなチャンスですから。何よりも、そのチャンスに結果を出すことですよね。

――駒澤さんご自身も、3大会連続出場がかかっていますね。

駒澤 今でも、北京(アテネの8位から10位に後退)での悔しさは忘れられません。あれほど準備したのに結果が出なかった悔しさは、3大会連続での出場に賭けようと思う原動力なのかもしれません。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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