日本代表監督アルベルト・ザッケローニ スペシャルインタビュー「ブラジルW杯2014にむけて」 前編
東西広範囲の移動距離、時差、過酷な環境の変化、何よりも、日本を倒そうと牙を研ぐライバルたちと長く、激しい戦いを続けるW杯予選(日本は今回の3次から出場)が9月2日、ホームの北朝鮮戦からついにスタートする。25日には、代表メンバーが発表され、就任から1年が経過したザッケローニ監督は「北朝鮮は、日本戦を今季ベストゲームとして挑んでくる」と警戒するとともに、選手に「戦闘モード」への切り替えを求めた。
「フィジカル、メンタル、タクティクス(戦術)、テクニカル」を予選突破のカギをあげる監督がキャリア初のチャレンジを前に、予選、日本、選手たちへの思いを明かした。
2011年8月22日取材
(取材・文:スポーツライター 増島みどり)
北朝鮮戦は、今季ベストゲームで勝つ
― W杯予選がいよいよスタートします。北朝鮮、ウズベキスタンなど、監督が具体的に対戦相手にもっていらっしゃるイメージと、日本の戦い方について。
ザッケロー二監督(以下ザック監督) まずは、自分たちのサッカーに自信を持って臨んでほしい。「実力を出せばやれる」という思いは持っていてほしい。まだまだ修正が必要な事はあるだろうが、「このシチュエーションになったときは行ける」など、自信を持てる理由を私はいくつも挙げることができる。
ただし、自分たちのサッカーに自信を持つ反面、相手を過小評価し過ぎるというミスは犯してはいけないだろう。例えば(8月10日の親善試合で)韓国に3対0で勝った、(1月の)アジアカップ優勝したと、そういった意識で予選に入っていっては困る。試合は新しい挑戦で、予選のそれぞれが違った試合になるでしょう。そういった中で1試合1試合、「違った武器」を使いながらやっていかなければいけない。「武器を変える」と言っても、その使い方に気持ちを込めていかなければいけない。気持ちが入っていなければ、スピードが落ち、動きが良くても読まれてしまう。アジアカップの優勝から、韓国戦での3対0の勝利、そして今のFIFA(国際サッカー連盟)のランキングを見れば、日本戦にはどこも全力でぶつかってくるだろう。
― 選手には話さないにしても、監督の中で、何勝で突破ラインなど、勝ち点計算をしていますか。
ザック監督 しない。計算しないで1試合1試合を戦うだけだ。いま頭にあるのはもちろん北朝鮮戦であり、北朝鮮が2011年のベストゲームで立ち向かってくるだろう、ということも頭に入っています。ですから自分が集中すべきは、突破ラインへの勝ち点計算ではなく、日本代表が2011年のベストゲームをするために、全ての集中力を傾ける。
― 過去、監督のキャリアの中で、イタリア代表でも、ヨーロッパ各国でも、W杯予選にまつわり、この試合は驚いた、など印象に残っている試合はありますか。
ザック監督 やはり私はイタリア人なので、イタリア代表の試合になるが、W杯予選で苦労しているイメージがないので特に。しかし、驚いたというなら、スウェーデンで行われた欧州選手権(92年)で、ユーゴスラビアが内戦の制裁で出られなかったとき、代わりに出たデンマークが印象に残っている。
選手たちは、まさに夏のバカンス先から慌てて戻り、さらにデンマークサッカー史上一番弱いとも言われていて、精神的なプレッシャーも何もない状態の中、結果的に優勝してしまった。(タジキスタンがシリアの代替えで出場が決まったことと、デンマークの境遇を例えて)こうした(番狂わせ)ことは、10カ月も続く長丁場のリーグ戦では絶対に起きないのに、短期間の大会では起こり得る。だから日本代表には、フィジカル面、メンタル面、タクティクス面、技術面、すべての準備を怠らないように、と話をするつもりだ。
ツバメが来たからといって春が来るわけではない(一つの事象が全てを表すのではない)
― 就任以来11戦無敗です。もし負けたとき、チームに何が起きると思いますか?
ザック監督 いいことですねぇ、負けていないのは!サッカーには想定外の事態が常に起こるし、負けることはあくまでも想定内の出来事でしょう(勝ち負けがあって当然)。しかし同時に、負けなければいけないとはどこにも書いないのですから、監督としてはポジティブに、選手たちを信頼し、いい状態で試合に臨ませて、勝つことしか頭にない。
もし「その日」が来ることになったら、当然状況に応じて、最高の策を考え、選手たちの頭の中に入っていくつもりだ(選手の考えに一番ふさわしい手段を検討する)。 日本には、「渡り鳥が春を知らせる」とか、「つばめが春を知らせる」といったことわざはありますか? 要は、「ツバメが来たからといって、春が来るわけじゃないよ」、つまりひとつの事象が全てを指すわけではない、不測の事態はいつも起こる、とのことなんですが…日本語にはありませんか?
― イタリア語ではどう表現されるんですか?
ザック監督 そのままですよ。そういえば、日本はツバメがくると、春が来るんでしたっけ?
― 一応、来ます。
ザック監督 ハハハ、そうですか。まあサッカーも論理で行くとそういう(1敗したからといって、代表全てを表現するわけではない)話です。
― では、1敗でそう簡単には崩れないし、選手が落ち込むようなことはない、とお考えなのですね。
ザック監督 もちろん、そうならないことを祈りますし、負けても、その1試合で自分たちの実力が変わるような状態にはないと思います。代表チームは、3日置きに試合があるわけではなく、ここまでの平均でも2か月に1回位しか集合できないのですから、その中でタイミングに合わせて、いい状態で臨むことが大切だなと思います。負けたときもそうですけども、勝ったときでも、常に自分たちのなかでバランスを保つことが大切なんじゃないか。監督としては何よりも、ポジティブに考えることが大切だと思う。監督がポジティブに考えているかどうか、選手たちはとても敏感に察知するので。
― 無敗で予選に入るのは良いと思っていますか。それとも、どこかで(チームの状況を把握するためにも)一回負けていた方が良かったと思いますか?
ザック監督 負けるとやはり少なからず自分たちのサッカーに不安を感じてしまうものだから、私は極力負けたくない。監督と選手の感覚には大きな差があると思う。監督は年齢を重ねていて、自己判断が下せる基準を(勝敗だけではなく色々)持っているが、やはり選手は目に見える結果が欲しいと思っている。
― 北朝鮮、ウズベキスタン、タジキスタンについての監督の印象は?
ザック監督 ウズベキスタンは、(1月のアジア杯で)オーストラリアとやった準決勝以外は、すばらしい戦いをしていたし、4位となるすばらしい結果だった。北朝鮮に関しては激しい、というか、諦めない、精神力が強いイメージだ。タジキスタンに関してはこれからゆっくり見ようかなと思っている。確か日本がタジキスタンと(Aマッチで)やるのは初めてだろうし、アジアのような長い距離を移動するアウェーもヨーロッパの人間には初めての体験でそこに時差も入ってくる。
― ちょっとしたミスが、予選そのもののつまずきになるような短期決戦の予選のなかで、選手にもっとも強く求めるメンタリティは?
ザック監督 サッカーは今後、誰かが新たな形を発明しない限り、ピッチでのディテール(細かい点)で勝負がついてくると思う。一方では、自分たちがきちんとした「大きな」目標を設定し、そこにできるだけ早く到達するために全力を尽くすことが必要だ。(その両方を)選手には話していきたい。
※通訳:矢野大輔氏(日本代表スタッフ)
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アルベルト・ザッケローニ(Alberto Zaccheroni)
1953年4月1日生まれ。イタリア・ロマーニャ州メルドラ出身。
地元メルドラでサッカー選手をしていたが、20歳を前に怪我により選手を引退。以降、家業を営む傍らでコーチ業を続け、1983年に30歳で当時セリエC2のチェゼナティコの監督に就任。
その後、指導者として経験を積み、ウディネーゼ、ACミラン、インテル、ユヴェントスFCなどセリエAの有力クラブの監督を務める。ACミラン監督時代には、就任初年度の1998-1999シーズンにセリエAでリーグ優勝しスクデットを獲得。同年のイタリアサッカー選手協会年間最優秀監督賞を受賞した。