スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2011年7月30日 (土)

「なでしこ物語」は夢の途中-佐々木則夫監督、ロンドン五輪一年前に、帰国後初の単独インタビュー(後編)

厳しい予選を勝ち抜いてこそ

――8月中旬から、山東省で行われる最終予選(※3)に向けた合宿がスタートします。2つの大会がセットということで言えば、欧米との戦いと、アジアの戦いではまったく質が異なった対照的なセットですね。こちらは過去の対戦数も非常に多いですし、手の内を知り尽くしています。

監督 恐らく、すでに私たちのW杯中の試合6試合、全てを細かく分析しているでしょう。しかも真夏の中国ですからフィジカル的に厳しい条件になる。試合ごとの間隔も、(国際ルール上の)48時間も空いていない変則的な日程もこなさなくてはなりません。この厳しさはFIFA(国際サッカー連盟)の世界大会とは次元の違うものです。メディアや周囲が、予選はW杯よりももっと質の高い戦いになるだろう、と理想的な話をしているのを耳にしましたが、いやいや、全く違いますね。

――ドイツやアメリカよりも、簡単に勝てるという風に見られてしまう?

監督 普通に考えればそうなるでしょう。でも、アジア予選は別ものですから。さらに、世界チャンピオンとなった立場としては、絶対に勝ち抜けなければならないという、目に見えない重いプレッシャーもかかってくる。内なる部分の敵もクリアしなくてはいけないし、見えるピッチの相手は、まさに体を張って当たってくる。日本に勝てば、それで盛り上がるわけですから。

――とりえず日本に引分けて、と守備的になれば、これまで以上に戦いづらくなる。

監督 中国も、韓国も、W杯直後に監督が出したコメントは、「勝てる要素は十分にある」とか、「勝ってやる」といったチャレンジャー精神が溢れるものでした。そういう思いが強く出ていることで、アジアの戦いはより一層厳しく、レベルもあがります。今までとは違った中で、一戦一戦しっかりと勝利をもぎとっていく。それができて初めて、「アジアの雄」となれる。

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――「雄」ですね。オーストラリア、中国もパワーがあります。対して、パスをしっかりつないで、バルサ(FCバルセロナ)のような「パスサッカー」を展開する、と海外で評価された日本の戦術は変わりませんか。W杯の戦いが、あまりに印象的で、そこに縛られてしまうといったプレッシャーなどは?

監督 バルサに近づきたいとは思いますし、参考にもしたいと思いますが、アジアレベルで戦術的なところはあまり気にしてないんですよ。予選は勝たねばだめ。その中で、それぞれがコンディションと、精神的な難しさ、壁にぶち当たってそこを自分でクリアするという意欲を強く持つことです。世界大会優勝で満足している選手は誰もいないと思うので、心配などしていませんが。

――不思議な話ですね。世界大会で満足しないで、アジア最終予選でさらにがんばろうという目標は。普通は逆です。

監督 たまたまそうなりましたけれどね。結果だけではなく、自分たちが追求するサッカーの質においても、彼女たちはここで満足してないと思うんですよ。
負けたら何も残らないアジア予選は、もう1回アラートな状況で(油断のない、注意深い)戦うことができ、もう一段、なでしこが成長すべきところだと思います。

――今大会で、今後の指標となるゲームはありましたか。

監督 (準決勝の)スウェーデン戦(3-1)でのプレーはいつでもできる、というレベルに達していないとならない。それができれば、アジアでも、いなせるという自信が出てきますが、今の段階ではまだまだ完成してないし、アジアのどこにひっくり返されてもおかしくない。気を引き締めてやらないと。

――どの試合も厳しいと思います。初戦はタイですが、5試合のなかで、どこがヤマになると思っていらっしゃいますか。

監督 韓国、オーストラリアというこのふたつですね。1戦やって、2戦目3戦目。間隔が42時間しかないという肉体的な厳しさもありますし。どうこの3戦を乗り切るか。最後の2戦については、対戦成績で状況が分かりますので、試合の進め方や勝ち点計算もできますが、やはり2戦、3戦目のところですね。しっかり勝ち、出場枠をつかむ。下手に、理想や質に走ってしまうと、足をすくわれる。

――W杯優勝の呪縛といいましょうか。

監督 バルサだなんて言われてその気になって、三等賞になってもしょうがない(6ケ国中2位まで五輪出場)。

――それはもしかすると、さんとうしょう(山東省で開催)との…監督のダジャレにつっ込みを入れるという、大野(忍)選手や宮間(あや)選手がいないので、突っ込みようがないんです。私では何とも力不足で。

監督 すみません、ハイ、議事進行で。

――ロンドンでの話ですが、なでしこはオリンピック種目の金メダル有力候補として、JOC強化指定Aランクにあります。今回W杯はとられましたが、また違う価値がオリンピックにはあるとお考えですか?

監督 はい、間違いなく。日本の全てのスポーツが集結して、日本を代表し、世界中の国々と対戦する。サッカー界だけではなく、他競技からも注目し、評価してもらえるし、パワーを与えられたり、こちらも与えたり相互作用も生まれるでしょう。震災の大困難を乗り越えようとする今の日本の情勢からみても、来年のオリンピックは本当に国全体の励みにもなるし、私たちの使命もより重い。五輪のように、皆さんに援助をしてもらっている(強化費、スタッフ協力などの面で)中で、我々に元気がないとか、結果が出せなかったらよくありません。いまJOC(日本オリンピック委員会)から、世界大会に行くにあたって、テクニカル(技術面でのサポート)も2名派遣され、トレーナーも1名派遣していただいて、強いサポート体制を敷いてもらっています。オリンピックでの勝利は、W杯とは違った意義、ファンにも、もっともっと知っていただける最大のチャンスと、選手も十分理解していると思います。

――最初におっしゃったように、「なでしこ物語」のこの一章はまだ終わってないと。五輪の金メダルをとって、そこで佐々木さんの考えていたストーリーが完結するのですね。

監督 最終章ではありませんね。なでしこ物語の先はずっと続きますが、とりあえず、僕の章は、ロンドン五輪の金メダルを手にしたとき、ひとつの区切りですね。

※1 女子W杯ドイツ大会 試合結果
グループリーグ第1戦(6月27日) 日本 2-1 ニュージーランド
グループリーグ第2戦(7月1日) 日本 4-0 メキシコ
グループリーグ第3戦(7月5日) 日本 0-2 イングランド
準々決勝(7月9日) ドイツ 0-1 日本(※延長)
準決勝(7月13日) 日本 3-1 スウェーデン
決勝(7月17日) 日本 2-2(3PK1)アメリカ

※2 なでしこジャパン(女子W杯ドイツ大会)代表メンバー
GK:山郷のぞみ(浦和)、福元美穂(岡山湯郷)、海堀あゆみ(INAC神戸)
DF:近賀ゆかり(INAC神戸)、矢野喬子(浦和)、上尾野辺めぐみ(新潟)、岩清水梓(日テレ)、鮫島彩(ボストン)、田中明日菜(INAC神戸)、熊谷紗希(浦和/筑波大)
MF:沢穂希(INAC神戸)、宮間あや(岡山湯郷)、川澄奈穂美(INAC神戸)、阪口夢穂(新潟)、宇津木瑠美(モンペリエ)、安藤梢(デュイスブルク)
FW:丸山桂里奈(千葉)、大野忍(INAC神戸)、永里優季(ポツダム)、高瀬愛実(INAC神戸)、岩渕真奈(日テレ/駒沢女子大)

※3 ロンドン五輪女子サッカー アジア最終予選日程(中国・山東省済南)
9月1日 タイ、9月3日 韓国、9月5日 オーストラリア、9月8日 北朝鮮、9月11日 中国

佐々木 則夫(ささき・のりお)

1958年生まれ。山形県出身、埼玉県在住。
小4からサッカーを始める。74年帝京高校入学。76年インターハイ全国優勝。77年明治大学入学。81年日本電信電話公社入社。90年選手引退後、NTT関東サッカー部(現・大宮アルディージャ)コーチへ。98年監督。99年から強化普及部長を務め、04年よりユースの監督。06年なでしこジャパンのコーチに就任すると、08年からは監督として采配を揮い、北京オリンピックベスト4、2010年アジア大会初優勝を果たすと、FIFA 女子ワールドカップ ドイツ 2011では、日本サッカー初の世界一に導いた。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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