W杯の行方を決めるのは?
―最後のお願い、プレゼンテーションへの戦略―
27日朝、成田空港では8歳の少女が、72歳の小倉純二・日本サッカー協会会長のリムジン到着を、報道陣から遠く離れ、かくれんぼをするように遊びながら待っていた。少女の名は、佐々木りおちゃん。ドラマでも子役として活躍する小学生だ。小倉会長が空港に到着すると、同氏に笑顔で駆け寄った。
2022年W杯開催国を決めるFIFA(国際サッカー連盟)理事会(12月2日、チューリッヒ)に向けて小倉氏ら本隊が出発したこの日、ずっと内密にしていたプレゼンテーション(日本1日、各国30分)参加者5人のうちの一人に、りおちゃんの抜擢が発表された。72歳と8歳は手をつなぎ、「日本で2022年にW杯が見られるように、全力で頑張りたい」と笑顔を見せていた。
2022年の開催立候補国は、ほかにカタール、韓国、豪州、そして最有力候補の米国。各国の開催提案に対してFIFA視察チームが今夏現地調査を 行った「評価レポート」が、11月中旬に公開されている。詳細なレポートである一方、評価を決定付けるものではなく、各国の長所、短所を「絶妙な」バラン スで示したものだった。評価レポートで一歩抜け出したかった日本は、大差がつかなかったことで、最後のアピールとなるプレゼンテーションをより一層重視。 投票権を持つ22人の理事に直接訴えかける演出を、と、実に10回以上も台本の書き換えをし、「エモーショナル(感情を込めた)な発表をする。最後まで全 力で」(小倉会長)と、先端技術を武器にした「次世代W杯」に命運を託すことになった。
昨年、東京五輪招致で注目されたIOC(国際オリンピック委員会)総会でのプレゼンテーションは、投票権を持つ理事が100人を超え、45分の発表 と質疑応答まで行われる大がかりなものだ。反対にFIFAのW杯決定は、どちらかといえば淡々と内輪に向けて行うものだった。しかし今回、五輪決定の投票 方式を採用。最下位が落選しながら、過半数を獲得するまで投票を続けるというもので、どこも最下位での落選は避けたい。しかもわずか30分のプレゼンテー ションの模様も、これまでより広く世界に流れるため、注目を浴び、各国が内密で戦略を練るべきビッグイベントに変わったといえる。
日韓W杯が行われた2002年生まれ、22年には二十歳になるりおちゃんの大抜擢は、プレゼンテーションが最後の順番(5番目)となるため に、(1)すでに4ケ国の説明を聞き疲れているFIFA理事の目先を変える意外性、(2)2002年からまだ8年しか経過していない日本が立候補する真意 を、その年生まれの少女によって強く訴える、といった狙いからだ。そして、さらにもう一点ある。
昨年のIOC総会で、東京がシカゴの後だったのと同様、今回もまた、奇しくも米国の次。クリントン元大統領が出席を公にしているだけに、そのカリス マ性に対抗するには「全く違った土俵で勝負する」(関係者)ことが重要となる。東京が、オバマ夫人の演説の後、無名の「14歳の体操少女」の、流暢な英語 で発表を始めた理由である。
最後の御願いに投票への影響力はない、という意見がある一方、五輪総会の際、下馬評の高かったシカゴが初回で脱落した背景には、「東京のプレゼンテーションがもっともよかった」という、現場での「空気」が、浮動票を集めたとする分析もあった。少なくとも失敗は禁物だ。
クリントン氏のほか、2日に行われる2018年のプレゼンテーションにも、イングランドからベッカム、ウイリアム王子ほか、元首、王室、スーパース ターが続々と「隠しだま」として控えているとされる中、8歳の少女に託した日本の戦略はどんな反響を呼ぶか、1票に結びつくのか注目される。サッカー協会 名誉総裁で、世界のサッカー関係者から敬愛される高円宮妃殿下のプレゼンテーションへのお出ましに、宮内庁は「勝てる保証がない」と、首を縦に振らなかっ たという。
―18年22年の同時決定で、票読みは大混戦に―
2018年と22年と2大会が初めて同時に決定する今理事会は、波乱含みで、流動的で「票が全く読めない」と、FIFA理事を8年務める小倉会長さえ困惑する。
18、22年と9つが立候補する中、8人の理事が自らの国への投票権を持つ構図の中、投票まで数日となった現在も、依然として「18年でうちに入れてくれれば、22年でそちらに入れる」といった、すさまじい票のやり取りが水面下で繰り広げられている。
18年では「絶対的候補」とされてきたイングランドが、自国のメディアが行った「おとり取材」で崖っぷちに立たされている。理事の資格停止処分にま で至ったことで、ほかの理事から「あんな取材をするイングランドにW杯を開催させたくない」との怒りを買ったからだ。急先鋒は、ミシェル・プラティニと言 われ、その影響力から、ここに来てスペイン・ポルトガルが、トップに立ったとされる。小倉会長が、18年開催国決定に投じる1票が、日本の命運を握る1票 に変わるかもしれない。
「本当に分からない。現地に行って流れを見て、それでも投票直前まで分からないと思う。試合と同じで最後まで諦めない」
現地チューリッヒでは、そう話す小倉氏、りおちゃん、田嶋幸三・副会長、先端技術を訴えるメーカー関係者らが、特別なスタジオを借りて、イングランドからスピーチ専門のトレーナーまで付け、特訓に臨んでいる。
■投票の方法
12月1日に、2022年立候補5ケ国が30分ずつのプレゼンテーションを行い、翌日は2018年の4団体(共催2団体)が行
う(以下参考)。その後、22人の理事による投票で最下位から脱落し、過半数を得るまで投票が続く、一般的に「オリンピック方式」と呼ばれる方法が今回初
めて採用される。決定は、現地2日午後4時、日本時間の3日深夜零時となる。
■プレゼンテーションスケジュール
○12月1日 2022W杯招致立候補国プレゼンテーション
14時~ オーストラリア
15時~ 韓国
16時~ カタール
17時~ アメリカ
18時~ 日本 ※日本時間深夜2時
○12月2日 2018W杯招致立候補国プレゼンテーション
9時~ ベルギー・オランダ
10時~ スペイン・ポルトガル
11時~ イングランド
12時~ ロシア
■FIFA理事一覧 ※「*」:立候補している国の理事
○会長
ジョセフ・S・ブラッター(スイス)
○ヨーロッパ(UEFA):9名
副会長 アンヘル・マリア・ビジャル・ジョーナ(*スペイン)
副会長 ミシェル・プラティニ(フランス)
*副会長 ジェフ・トンプソン(*イングランド)
*理事 ミシェル・ドーグ(*ベルギー)
理事 セネ・アージック(トルコ)
理事 マリオス・レフカリティス(キプロス)
理事 フランツ・ベッケンバウアー(ドイツ)
*理事 ビタリー・ムトゥコ(*ロシア)
○アジア(AFC):4名
副会長 チョン・モン・ジュン(*韓国)
理事 モハメド・ビン・ハマム(*カタール)
理事 ワラウィ・マクディ(タイ)
理事 小倉純二(*日本)
○北中米(CONCACAF):3名
副会長 ジャック・A・ワーナー(トリニダード・トバゴ)
理事 チャック・ブレーザー(*アメリカ)
理事 ラファエル・サルゲロ(グアテマラ)
○南米(CONMEBOL):3名
筆頭副会長 フリオ・H・グロンドーナ(アルゼンチン)
理事 リカルド・テシェイラ(ブラジル)
理事 ニコラス・レオス(パラグアイ)
○アフリカ(CAF):3名
副会長 イッサ・ハヤトゥー(カメルーン)
理事 ジャック・アヌマ(コート・ジボワール)
理事 ハニー・アボ・リダ(エジプト)
○オセアニア(OFC):0名