スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2010年11月29日 (月)

コラム「日本代表とコーヒースプーン」ザッケローニ監督(1)

―日本代表とコーヒースプーン―

 インタビュー中に運ばれたコーヒーに砂糖を入れてゆっくりとかき混ぜると、ザッケローニは椅子から身を乗り出しながら、小さなスプーンを手に取った。

「ホラ、もし、こう置いてしまったらね・・・」

スプーンを、カップの端に無造作に置くと、もちろん、スプーンはカップから落ちてしまう。

「だから、これを落ちないようにするには、どこかを重くするか軽くするか、支点をどこに、どんな風に据えればいいのか、今、自分が手にしているスプーンの形をよく考慮した上で、バランスを取らなくてはいけないでしょう。私が考えるサッカーとは、常にそういうものなのです」

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攻守のバランスについて質問が続いたときである。まっすぐで均等な形状ではないスプーンを、カップの端に乗せる仕草で自らのサッカー哲学を語る姿は、特徴、個性を持った日本代表という輝くスプーンを、これからどうやって大舞台に乗せ、バランスを取って行こうとしているのかを、ユーモアを交えて映し出しているようだった。

8月の就任以来3ケ月もの間、アルゼンチン戦と日韓戦の前日と当日をのぞけば、日々の行事の中で少しだけ立ち止まってコメントするだけだ。ザッケローニ監督へのインタビューが実現したとき、チーム作り、サッカーへの信念、日本への興味、その人物像と、実は、イタリア人として初めて就任した新監督について知らないこと、聞いていないこと、読者に伝えられていないことがあまりに多いことに、改めて気付かされた。

オシム監督やジーコ監督のように、Jリーグですでに日本人と仕事をしてきた監督とも違い、チーム作り、といってもイメージが沸きにくい。また、トルシエ監督と彼の通訳のように、メディアに対して常に自己主張を欠かさず刺激を与えるような人物でもない。常に、その時点で最良のバランスを取り、決してどちらかに、何かに片寄ることがないサッカーへの姿勢は、ピッチの中だけの話ではなく、ザッケローニ監督自身を指すのだろう。「本音」もまた、注意深くバランスを取っている。

温厚さと激情

冷静と闘争心

野心と分析力

個人と組織

攻撃と守備

イタリアと日本

11月、夫人と長男が数週間、日本に初滞在した。インタビュー中、二人は昨日イタリアに帰国したのだが、と笑った。二人とも、初めて滞在したのにもかかわらず、なぜか、帰りたくない、と言い出したという。

「そこで気付いたのは、私たちザッケローニファミリーは、日本という遠い国に来た違和感を全く持たず、むしろ特別な親近感を自然に抱いているということだった。就任以来、多くの友人から電話がかかってきては、日本はどうだい?どんな仕事だ?、もし例えるとすれば?と聞かれる。しかし、日本を、どこの国に似ている、と比較することはできない。唯一無二、独自のものだ」

はたして、日本代表は。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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