コラム「日本代表とコーヒースプーン」ザッケローニ監督(2)
―守りながら攻め、攻めながら守る、代表に攻守一体型サッカーを―
―日本代表でも、Jリーグでも、イタリア人監督との仕事も初めてになります。このチャレンジについてはどうお考えですか。
ザック 私は、他人と同じことをするのが嫌いなタイプで、前例のない、初めてのことだからこそ挑戦に意欲をかきたてられたとも言えるでしょう。もし、イタリア人監督として二番目の就任となったら、ちょっと悔しい思いをしていたかもしれません。何よりも最初に言いたいのは、今、日本代表の監督である仕事、毎日に心から楽しみながら取り組めているこということ。協会の皆さん、スタッフ、選手、サポーターに心から感謝を申し上げたい。日本のことをよく知っているわけではなかったが、日本に暮らしながら、文化と日本人の精神性を理解したうえで監督を務めようと決め、今、人間関係や生活の中で戸惑うことは何もない。
―日本代表選手、或いは日本人の特徴や性格をどうみていますか。
ザック 正直なところ、まだ時間が足りず、彼らを知るに十分な触れ合いができていないのが現状だが、監督就任の依頼を受けてから、私が代表でもっとも好きになったところは、彼らの犠牲心だ。プレーにも、日々の振る舞いにも、自分を犠牲にしてもチームのために貢献しようとする選手たちの心がある。そこをもっとも気に入っている。‘代表チーム愛’とでも表現するのが正しいだろうか。日本代表の特別な部分だろう。
―例えばイタリア選手ならば、食事中も賑やかな会話が飛び交うはずですが、日本人は静かだ、など感じられることはありますか。
ザック 人を尊重すること、他人に親切にし、喜ばせる奉仕の気持ち、それからあまり言葉が多くなくても、人の気持ちを想像して思いやること、これらは特徴的に思える。
―それらは、サッカーで日本の長所となり得ますか。
ザック 確かにそういう面はあるかもしれない。相手を思いやる気持ちは、サッカーには重要であり、相手を尊重することも大切だ。しかし一方で、サッカーには誰も想像できないようなファンタジーが求められ、自分の個性を強く主張しなければならないし、インターナショナルな試合では、絶対にチャンスを逃していけない、といったずる賢い面も必要だ。ただ、日本代表にそれが足りないというわけではないし、一面だけで語るのは難しい。
日本はどこよりもクリーンなサッカーを展開するが、世界中を見渡したとき、必ずしも日本のような国が多いわけではないだろう。しかし、もし私がどちらかを選べ、といわれたなら、私は日本代表のようにクリーンな戦いをする国を選ぶ。
―ご自身が指揮を取ったアルゼンチン戦前、フィジカル、ポジショニング、プレッシングを強調されていました。
ザック 私のサッカーの基本となるのはJリーグのサッカーだ。その上に、プラスアルファで乗せていくようにしたい。あの試合前で言えば、アルゼンチンにはメッシがいるように、イングランドにはジェラード、イタリアにもピルロやカッサーノのような選手たちがいて、世界のスタンダードとして彼らのような選手をフリーにしてはいけない、これを徹底するためにプレッシングを特に強調した。
―チーム作りの段階で、もしシステムで譲れない点があるとすればどういうところでしょうか。
ザック バランスだ。守りながら攻めること、攻めながらも背後のことも考えられるサッカーをすることだ。ボールを奪って攻めることを考える、反対にボールを失って守りに入るのでは遅い。単に切り替えのスピードをアップするのではなく、そもそも、両方を常に一体に備えたサッカーを考えたいと思っている。ピッチには、キーとなるものが必ず存在している。それを、チームとして見逃さないようにしなければならない。攻守のバランスを求めるのと同時に、サッカーが団体スポーツでありながら、時に個人競技にもなり、チームの一員でありながら単独の存在として両面性を持つことも重要だと考えている。
―サッキとクライフのちょうど真ん中で―
―バランスという言葉を使われますが、もう少し具体的に。例えば、サッキ(アリゴ・サッキ、固い守りを信条とする元代表監督)と、クライフ(ヨハン・クライフ、オランダのスーパースターで攻撃的サッカーの代名詞)では、ご自分はどちらにより近いと考えているのでしょう。
ザック 15、6年前、車でバルセロナまで行き、クライフの練習を見せてもらったことを思い出す。彼のクリエイティブなオフェンス哲学を、私はとても気に入っている。一方、サッキとは仲はいいんだが、何しろ練習は一度も見せてくれなかったなあ。もっとも、彼の非常に整理されたディフェンスもとても好きだ。私は欲張りにも、両方をミックスさせることができると思っているし、あえて言うなら、私のポジションは、クライフとサッキのちょうど真ん中というところだろうか。もちろん、サッキが攻撃を疎かにしたのではないし、クライフが守備をやらなかったわけでもない。ともにどちらもやった上での話だが、私はもうちょっとクライフ寄りかもしれない。ミランでも3トップを取り入れたときには、3人は自陣にも戻らないくらい前でアタック(攻撃)を続けていたから。
―日本代表でも、ややクライフ寄りのポジションでチーム作りを?
ザック イタリアで(指導コースを学ぶために)コヴェルチャーノ(フィレンツェ郊外)のナショナル・テクニカル・センターに行って、最初に言われることは、絶対にコピーをするな、ということだ。同じ選手が一人としていない以上、同じチームなど作ることはできない。だから、手元にいる選手を見て、チームを「編集」するのが監督の仕事なのだ。もしメッシが手元にいれば、それを活かせるチームを作るだろう。スペインにメッシはいないが、シャビ、イニエスタがいて、彼らを育てた育成システムの成功によってワールドカップで優勝を果した。そしてアルゼンチンはメッシがいても優勝できなかった。最適の選手に最適のチームを作ることが監督の務めだ。日本には、海外組と呼ばれる存在の選手たちがいて、彼らが海外での経験を通じてチームに伝えてくれるものも、代表を編集する上での大きな力になってくれる。
―11年はすぐにアジア杯が始まります。岡田前監督は、アジアで勝てる仕様と、世界舞台での仕様とを変えて戦いました。アジアの場合、日本はチャンピオンチームとして、相手が大きく引いてしまうなど、通常とは違う戦いを強いられます。監督はどんなお考えで臨みますか。
ザック システムをどう変えるかといったこと以上に、戦うための選択肢を広げる作業をしていかないとならないだろう。相手が引いてしまうといった場合、システム以前にボールをチーム全体としてどこに運ぶのかといった共通意識をしっかりと浸透させることが何より重要だ。確かに、(アジアで戦う場合)自分たちのスペースは少なくなることもある。しかし、サッカーのピッチはとても広く、11人で全てカバーできるものではなく、どこかに必ず穴があるものなのだ。初めての大陸選手権になるが、あれほどの広さしかないヨーロッパでさえ、あんなに違ったサッカーが展開されるのだから、これだけ広いアジアでは一体どうなるのか、楽しみでもあるし、本当に様々なサッカーを見ることになるだろう。サッカーほど世界中でプレーされている競技はほかにないが、しかしひとつとして同じものはなく、どれも皆違うのが面白い。
―日本代表は長く、決定力不足を言われてきましたが、そう思われますか?
ザック ノーだ。私は来日以来、本当に数多くJリーグの試合を見てきたが、そういうことを感じたことはない。もちろん何チームかは、センターフォワードが外国選手だから、そういう評価をされるのだと思うが、Jリーグにゴールが少ないとは思っていないし、ドイツでの香川(真司、ドルトムント)の活躍が示しているように、森本(貴幸、カターニャ)ら、特に若い世代に、ゴール決定力が不足しているようには考えていない。若い選手たちには可能性を感じているし、(アルゼンチン、韓国戦に出場した)、前田(遼一、磐田)や森本(貴幸、カターニア)がゴールを狙う前、ボールをもらうところでも、体をどう使えば自分の体勢に持っていけるか、強いフィジカルの中で色々な手間をかけることを、体で学んでいるはずだ。8-0で力が劣る相手に勝つより、0-1の敗戦でも強豪国から得る教訓が今の代表には必要なのだと思う。
―2011年も厳しい戦いになります。
ザック まずは選手にまた会えることを楽しみにしている。それ私にとって一番の喜びだ。
※取材日:2010年11月下旬
1953年4月1日生まれ。イタリア・ロマーニャ州メルドラ出身。
地元メルドラでサッカー選手をしていたが、20歳を前に怪我により選手を引退。以降、家業を営む傍らでコーチ業を続け、1983年に30歳で当時セリエC2のチェゼナティコの監督に就任。
その後、指導者として経験を積み、ウディネーゼ、ACミラン、インテル、ユヴェントスFCなどセリエAの有力クラブの監督を務める。ACミラン監督時代には、就任初年度の1998-1999シーズンにセリエAでリーグ優勝しスクデットを獲得。同年のイタリアサッカー選手協会年間最優秀監督賞を受賞した。