スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2010年10月13日 (水)

コラム「ガッツ対テクニックのザ・ガチンコで生まれた強さ」

ソウルでの「日韓戦」を唯一知っていたのも遠藤一人(2003年対戦時には、出場せず)、ザック監督も「とてもフレンドリー(親善)という雰囲気ではなかった」と、未知の雰囲気の中で臨んだこの試合は、日本にとって、最高のライバルと新しい時代に踏み出す1歩でもあった。どちらもW杯南ア大会で16強に進出、メンバーが若手に代わり、日本がアルゼンチンに勝ったことも、ソウルでの7年半ぶりの日韓戦に特別な意味を持たせることになった。監督からの指示は「ホームと同じようにアウェーを戦うこと」だった。

試合は縦への突破を試みる日本に対して、中の守備をがっちり固めカウンターを仕掛ける韓国とのがっぷり組んだ格好に。駒野の退場によって、ビハインドを背負うことになったが、ザック監督が試合後にコメントした「ガッツを全面に出す韓国と、テクニックでポゼッションを高めようとする日本」の戦いは、互いに自分たちの持ち味を存分に出し、相手と真正面から組んだ点で、アルゼンチン戦の勝利に匹敵するか、それを上回る内容のドローだったといえる。ただ激しく、荒れるのではなく、お互いがお互いの良さを引き出し合えるとすれば、それこそが「ライバル」と呼ぶにふさわしい関係で、合わせ鏡のようなものだろう。

4日の合宿スタートから、DFには体の向きから、MFにはボールの距離を数十センチ単位で指示し、FWには、守備と攻撃両方でも貢献を求めるなど、とにかく細かな戦術と約束ごとを日本代表に「詰め込んだ」(ザッケローニ新監督)準備期間だった。サイドをほとんどケアせず、中央突破のみにこだわったアルゼンチンに比較し、ライバルは圧倒的なフィジカルを活かして全身全霊で日本を止める。監督は試合前に、「最後は個の部分で負けるな」と、珍しく語気を荒げて気合を入れたという。

前半16分、松井が右サイドを抜け出し、折り返しを中央で前田が頭で落として香川がシュート。アルゼンチン戦で見せた「縦に鋭い攻め」を再現して韓国ゴールを脅かす。守備でも、今野、栗原が最後まで体を張って踏みこたえ、前田が前線で献身的な守備を続けて、常に連動性を持続するなど、韓国の猛攻を凌ぎきった。

長友は「経験したことのないような凄い激しいゲームだった」と言い、香川も「改めて韓国のフィジカルの強さを実感した」と、イタリア、ドイツでプレーする2人でさえ、アジアの隣国の力をリスペクトした。韓国との今年の2試合は、ホームで、しかもメンタルでさえも全く勝負にならなかったが、W杯を経て、完全なるアウェー、日本にとって不利なピッチコンディション、DF駒野の序盤での負傷退場、と劣勢を背負う中で生まれた「強さ」はこの日最大の収穫になったはずだ。自分たちの欠点、長所をこれほどにまで鮮やかに映し出してくれる強力な「ライバル」の存在を改めて思う70試合目だった。

「こういう舞台で戦い続けたい」――前田の、控えめな欲に期待するもの

フル出場を果した前田は、それでも不満そうだった。シューズを持ち、「話しを聞けますか?」と聞かれると、「はい、ちょっと」とかすかに笑う。90分を経た顔が、試合前よりもはるかに自信に満ち溢れたいい表情に見えたのは気のせいか。試合前日、監督からは守備的な動きを確認された。森本のワントップとはまたひと味違った仕事を負いながらのプレーに、自身も「それを気にしていた」という。中盤3人との距離を離しすぎれば孤立し、しかしコンパクトになりすぎるとスペースが消える。シュート1本も打てなかったことを本人は盛んに悔しがったが、それでもザック監督には「前田がどんなプレーをするか最後まで見たかった」と言わせる、クオリティの高いプレーを90分見せた。

前田の、自身のプレーに対する厳しさはことのほかだ。昨年の得点王に続き、今季もまた得点王候補に位置つける。怪我やプレースタイルの相違から、岡田監督の代表ではW杯には届かなかったが、それでも、この日、前田が口にした、控えめな「欲」に期待したくなる。
「こういう舞台で試合をし続けたい、と思いました」試合中、何度も韓国DFに挟まれては立ち上がりながら、そう思ったに違いない。

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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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