スポーツライター増島みどりのザ・スタジアム

2010年4月30日 (金)

鄭大世インタビュー(3)「GOOOOOOOAL!!~FWという生き方~」

スポーツにしかできないこともある

―先ほどの「げん担ぎ」ですが、水晶あり、モンブランありで驚きました。

 げん担ぎというよりも、ルーティンでひとつの流れですね。モンブランには母の思い出があります。小さい頃、よく買ってくれたんですが、ある時、テセは本当にモンブランが大好きなのね、と母に言われ、アレ?オレそんなにこの菓子好きだったっけ?と。本当は大して好きでもなかったような記憶があるんですが、そこから大好きになった。試合前には無くならないように、まずキープします。

―FWの中には、プロになって転向した選手もいれば、FW的な運動能力を後に見出された選手もいる。ご自分はどういうタイプだと?

 正真正銘、FWの中のFWだと思いますね。別に、のほほんとサッカーを楽しんできたわけじゃないんです。日本では子どもの頃は特に、サッカーを楽しめ、勝敗よりも内容だ、と教えられますね。でもオレはそうじゃなかった。内容よりも勝つことが全て、楽しもうなんて思ったこともありません。ゴールして勝つから面白いし、いつだって、自分の存在意義を主張するためのゴールでしたから。味方にスライディングして自分のボールにするなんて、今考えると本当に・・・。

―今考えなくても、当時だって相当な衝撃だったでしょう、周囲は。

 チャンスって、まあ普通は与えられるものだと思うんです。ところが自分は、チャンスを取りに行ったとしたって、与えられる人たちの半分あればいい方でしょう。だから、自分で掴みに行く。自分が置かれた特殊な事情や劣等感は、言葉ではなかなか説明できないけれど、ピッチならば思い切り表現できる。本当は、もの凄く内気な男ですから。

―シャイな感じはしますよ。

 味方のボールをスライディングで奪うくせに、みんなが教室で楽しそうにワイワイ話している輪には加われない。遠くから見ながら、いいなあ、オレも入りたいな、って思っているのに近くに行けず、誰かが、オイ!お前も入れよ、って言ってくれるのをじっと待っているタイプでしたね。

―韓国籍で、北朝鮮代表、日本で生まれ育って生活の基盤がある。3カ国をご自分の中に抱え、存在意義に困難を感じることは?。

 日本で生まれ、暮らしているのに、サッカーでも日本人に負けちゃいけないと言われて育ち、韓国籍でも、北朝鮮の代表になった。確かにかなり特殊な存在だと思っているけれど、3つに属する自分は矛盾していない。44年ぶりのW杯に出場できることも、この3つ全ての関係者のお陰で叶ったことであって、感謝せずにはいられません。

―W杯での目標は?

 もちろん、国も自分にも注目してもらうためにもゴールを奪うこと。世界中でもっとも注目される舞台で、祖国をアピールし、自分の可能性をも示したいと思っている。誰かが見ていてくれるかもしれない。常にそう思っていますし、楽しみで仕方がない。

―国際舞台での、北朝鮮に対する反応も気になりませんか。

 政治にできてスポーツにできないことがあって、反対に、政治にはできないけれどスポーツにはできることもある。自分は、スポーツにしかできないことを考える。

―Jリーグで一緒にプレーしている日本選手、特にFWをどう見ていますか?

 テクニック、ゴールまでの動き方、ボールの引き出し方、ポストプレー、どれを取ってもオレなんか足元に及ばないほど上手いと思う。だけど怖くない。自分は逆でしょう。下手くそだけど、ゴールは奪えなくても絶対に相手に爪跡を残そうとする。上手くないけれど怖い。そういうFWでいたい。強いメンタリティのある日本人FWが少ないのは、ちょっと寂しいですね。羨ましいほどのテクニックがあるから余計に。フロンターレに限っては、得点力不足なんて言葉は存在しませんからね。FWの中のFWが集まっている。

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―夢はありますか?

 CL(UEFAチャンピオンズリーグ)で優勝するクラブに移籍する。W杯で得点王になる。サッカーで面白いビジネスをする。小さい頃から、少しずつ、少しずつ、舞台が広がってここまで上がってこられた。これからも、そうやって、願いを叶えていきたい。


鄭 大世(チョン・テセ)

1984年3月2日生まれ 愛知県名古屋市出身
朝鮮大学校(東京都)卒業後、2006年に川崎フロンターレに入団。現在に至る。ポジションはFW。朝鮮民主主義人民共和国代表としてW杯での活躍が期待される。Jリーグ通算46得点。国際Aマッチ通算12得点。181センチ、80キロ。


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増島みどり プロフィール

1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。
98年フランスW杯代表39人のインタビューをまとめた「6月の軌跡」(文芸春秋)でミズノスポーツライター賞受賞、「GK論」(講談社)、「彼女たちの42・195キロ」(文芸春秋)、「100年目のオリンピアンたち」(角川書店)、「中田英寿 IN HIS TIME」(光文社)、「名波浩 夢の中まで左足」(ベースボールマガジン社)等著作も多数

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