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2010年6月 3日 (木)
コラム「中村俊輔が越えなくてはならない、二つの壁」―Sports@niftyモバイルの「予想大会」が教えてくれること

※編集部注:
Sports@niftyモバイル「W杯特集」で実施している「予想大会」。
その中の『期待する日本の選手は?』という問いに対して、5/31時点での投票結果の第1位は、中村俊輔選手でした。

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選手と1対1で話すようなことは4年間しなかったジーコが、中村俊輔を部屋に呼んでくれ、とスタッフに告げた。06年6月8日、W杯が始まる前日、合宿地・ボンでの午後である。

 「いよいよ始まる・・・」ジーコは切り出した。「私の考え方を言っておく。俊輔が自分から、もうダメだ代えてくれ、と言わない限り、私はどんなことがあっても交代させない。いいな?」中村はうなずいた。そして、「はい、頑張ります」と言って部屋を出た。体調を崩したのは、この日よりも後のことだ。

もう一人、部屋に呼び出された。情熱と献身の限りを尽くしたキャリアは、90分にプラスアルファ。少しずつ減っている砂時計の砂を手の平ですくい取るように、中田英寿は、ジーコの言葉だけではなく、その意味を受け止めた。

「分かりました。全力でやります」。ドイツ大会後、ジーコに「なぜ、発熱で体調を崩した中村を代えなかったか」と聞いたとき、このミーティングの話をされた。そしてこう加えた。「彼ら二人が、自分で自分を諦めない限り、どんな批判をされたとしても私は二人を交代させるつもるはなかった。そう告げてあったからだ。二人は中盤の要であり、このチームの心臓であり、日本代表のプライドを代表するのだから」

3試合目のブラジル戦、朦朧とする中田がブラジルDFに体当たりを受け、それでもサイドで足を踏んばり、顔を上げた姿を覚えている。「答え」を出したのだ。中村はどうだろう。加地、中田、玉田、稲本、三都主とダイレクト、ワンタッチのパスをつないで玉田が先制ゴールを決めたシーンも、ほかの場面でも、パスをもらえずまるで迷子のようにピッチを彷徨っている。

交代しない、と言われた言葉に「頑張ります」と返事はした。しかし、絶対に代えないと言われた意味への本当の「答え」は、270分走り続けたドイツで、ジーコにも、代表に対しても、しないまま終ったのではないだろうか。 

4年が経過し、一人がピッチを去り、日本代表において、あの日出された重い「問い」に答えを出せるのは、彼一人になったというのに、中村はどこに行こうとしているのだろう。

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5月28日「サムライブルーカフェ」(渋谷区)で元日本代表の主将・柱谷哲二、フランスW杯代表の副将・山口素弘両氏と、実に楽しいトークショーをした。「お2人なら、今の中村俊輔選手を先発から外しますか?本田選手のほうがいいんでしょうか」という質問が会場から飛んだ。

そして二人の元代表が、同じ話をしたのが印象に残る。

「本田は‘代表’ではまだ経験していないことばかりだ。どん底で日の丸をつけて戦った経験のない彼にとって、これは初めてビッグイベント。是非頑張って欲しい」二人とも何だか淡白だった。しかし中村に対しては違った。

「オレは俊輔には怒りたい」

柱谷「主将」は、顔を赤くして言った。

「お前は、代表がどういう場所か、知っているだろう、とね」

山口「副将」も「歴代の代表たちと戦って継承してきたものを俊輔は知っていると思う」と言った。二人は、遠く離れた東京からザースフェーにいる10番のケツを、強くひっぱたいたのだと思う。今こそ、泥臭く、自分が踏ん張って、背負って、矢面に立って引っ張らなくてどうするんだ、と。何のための2002年で、2006年だったんだよ、と。(柱谷)

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中村はここ数ヶ月、頻繁に「裏方として」という言葉を使うようになった。しかしW杯を前に、裏方を務めるほど、W杯の主役を張ってはいないだろう。

「ドイツでの失敗を活かしてチームをまとめたい」とも繰り返した。しかし「失敗」はチーム事情だけではない。先ず自身が、本当に苦しいときに自分と真正面から向き合わなかったことだったと思う。

彼が、常に抜群のバランス感覚を持って人と接することは、ピッチの上でもチームの中でも、またメディアとの関係でも実に重要な役割を担ってきた。しかし誰にも嫌われないために、冒険しなくなった。もちろんプレーにおいても。

海外組がたった一人だった04年中国でのアジア杯、完全なるアウェーでチームを優勝まで牽引したのは中村だった。

オシム監督に代わった酷暑のベトナム(アジア杯)でも、もっとも多い運動量を距離という数字でも、目に見えない働きにおいてもたたき出したはずだ。オシムは会見で「中村はやればできる」と言った。

もちろん、必ずやコンディションをあげてくるだろう。先発でも交代でも、決定的なスルーパスをイメージし、決勝ゴールとなる左足のFKが、美しい軌道を描いてDFの壁を越える瞬間を狙っているだろう。しかし、代表が苦しみながら世界の背中を掴もうとしてきた時代と、その代表たちのW杯での無念さも知る彼が今狙うべきは、FKの「壁」を越えることだけではないはずだ。「壁」はもう一枚ある。

かつてないほどの批判の声を浴びる中、それでも、ニフティの読者は「中村俊輔に期待する」と、彼に一番票を投じた。今までの人気投票とは明らかに違う。それは、サッカーファンたちの「メッセージ」が込められたパス。

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※注釈
2004アジアカップ当時、川口選手はノアシェラン(デンマーク)に在籍していました。ただ、海外組と国内組という表現は、当時主にフィールドプレーヤーについての利用であったことをふまえ、本文では「海外組は中村俊輔だけ」と書いています。


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この特集について
スポーツライター増島みどりによる南アフリカW杯レポート、選手へのインタビュー。

増島みどり プロフィール
1961年生まれ、学習院大からスポーツ紙記者を経て97年、フリーのスポーツライターに。サッカーW杯、夏・冬五輪など現地で取材する。著書も多く、速報サイト「ザ・スタジアム」も主宰している。

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